☆第五十一章 麗奈がおかしい……?
それは梅雨があけて、太陽が燦々と照りつける本格的な夏がやってきた頃のこと。
いつも通り、朝起きて、慌ただしく保育園へ向かう準備をする我が同居人。
なんだろうか、いつも通りの麗奈なんだけれど、どこかが違う……? 違和感を覚える。
わたしがじっと麗奈を見つめていると、彼女が気づく。
「え、何? どうしたの?」
「……麗奈、髪型とか変えてないよね?」
「えっ、美容院は二ヶ月ほど行ってないけれど」
「なんかメイクとか変えた?」
「ううん」
なんだろう、気のせいか。でも何かあった?
昨日、珍しく麗奈は遅く帰ってきた。
「ごめん、看護師時代の友達と飲み会があって、行ってきてもいい?」
とのことで、土曜日の夕方から出かけていった。星弥くんはわたしがお風呂に入れて寝かしつけた。
聞いてみようか。気のせいか。聞くまいか。だって気のせいかもしれない。でも気のせいじゃないかもしれない。
自分の思考がうざい。
「麗奈、昨日なんかあった?」
わたしの質問に、フレンチトーストを喉につめて咳き込む彼女。
「だ、大丈夫⁉️」
「ゴホン、う……うん」
麗奈がお茶を一気飲みする。
「あき婆がマジシャンなら琴ちゃんはエスパーなの?」
エスパーなんて初めて言われた。麗奈が頬を赤らめてわたしの耳元でこう話す。
「告られた」
「…………えっ⁉️」
「まぁ、断ったけれど」
告られた⁉️ なんだ、最近この界隈は恋愛事情が騒々しいのか⁉️
「えっ、誰に……」
「昔の同僚」
「看護師の?」
わたしがそう質問すると麗奈がコクンと頷く。
「そ、そうなんだ……」
断ったということはイケメンではなかったのか。そういや前に、麗奈に再婚願望があるって話を聞いたな。クリスマスに、麗奈にステキな彼氏ができますようにって短冊をツリーに吊るした。
その話はなんだかそれ以上聞けなかった。ああ、やっぱり情けない。
ここで、もっと「どんな人?」「イケメン、ノットイケメン?」とか踏み込めないからわたしは、学生時代も友達が少なかったんだと思う。
昼から環名ちゃんが浴衣をもってやってきた。
「わーかわいい」
赤のとんぼ柄、紺のシャクナゲ柄、淡いピンクに蝶が舞う浴衣。
「このピンクのやつはモダンだね、かわいい♥」
「ちょっと年齢的にもう合わないかも」
「えっ、年齢的にってまだ二十代でしょ⁉️」
「後半になったので」
「全然いけるよー!」
環名ちゃんは自分で着付けができるのでわたしたちは待つ。
「かわいい」「色気半端ない!」
「よっ、美人!」
どれを着てもかわいい。
「ところで、花火大会は誘えたの?」
わたしがそう問うと、環名ちゃんの動きが静止する。あ、聞いたらいけなかったのか⁉️
「それが……。やっぱり彼の中には琴さんしかいないみたいで、あれ、前田さんは一緒ではないのですか? って」
ズキリ。なんだか心が痛む。薮内さん、それは失礼だよ。若い女の子が二人で花火大会に行きたいって言っているんだから、そこは環名ちゃんの気持ちに気づいてあげてほしい。
もしかして、とんでもない天然さんなのか、鈍い人なのか、そもそも忘れていたけれどストーカー疑惑の人だったし、危ない人だったらどうしよう。
そう思ったわたしは、夜、寝室から抜け出して、ベランダへ出た。そっと通話ボタンを押すと、三コールでつながる。
「はい」
「あの……前田です」
「あなたの方から電話をかけてくださるなんて嬉しいです」
喜ばせてしまっている。微妙な気持ちだ。
「あの……わたしの連れ? の島崎環名から花火大会のお誘いがあったと思うのですが……」
「あ、はい」
「あの、わたしが一緒だったら行ってくれるのですか?」
あ、違う、なんか違う。そうではなくて……。
「はい、もちろんです」
「あの……、彼女と二人では嫌ですか?」
何だか言いづらいなぁ。ここまで言ったらもう頼むから彼女の気持ちに気づいてくれ。
「嫌ではないですよ」
なんだ、だったら……。
「あの……、わたしが言うのも何なのですが、二人で行こうと誘われている時点で彼女の気持ちには気づいていらっしゃるのかと……」
「気持ち……ですか」
しばらく間が空く。
「そうですね……女性に誘われて嬉しくないことは決してないのですが……、でも僕はあなたとゆっくりお話がしたいです」
はっきり言われてしまった。どうしようか。余計な電話だっただろうか。
「環名ちゃんは……とてもいい子です。明るくて気さくで。わたしにとって彼女はとても大切です。わたしは……」
わたしはどうしたい。
「実は結婚しておりました。つい最近離婚したばかりで……、まだデートとかそういうのは考えられなくて」
「そうですか……」
電話の向こうの声のトーンが明らかに下がったのがわかった。
「わかりました。待ちます」
えっ? 待つ?
「前田さんの気持ちが整理できるまで待っています」
そんな展開を望んでいなかったのだが、心のどこかで嬉しいと思ってしまう自分がいた。