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第五十九章 琴ちゃんってどういう男の人がタイプ?

☆第五十九章 琴ちゃんってどういう男の人がタイプ?


 そんなことを考えていたからなのだろうか、保育園の運動会が終わって帰路についていたら、彼に出会った。


「あ、こんにちは」

「こんにちは」


 相変わらずにこやかな表情で、笑うと目元がくしゃっとなる。


 家から三百メートルくらいのところ、偶然会っても全くおかしくない。残念ながら環名ちゃんはいない。一応親族限定だし、環名ちゃんは「わたしまで行くのは」と遠慮したので運動会にはこなかった。


 あれから環名ちゃんとはどうなったのか、特に連絡を取り合っているというワケでもないようだが。


 ご近所さんなので、挨拶だけしたらそのまま通り抜ける。ただ、なんとなく気になって、ふりかえって彼の後ろ姿を見ていると、麗奈に声をかけられた。


「琴ちゃん?」

「あ、ごめんごめん」

「もしかして、薮内さんのこと気になるの?」

「えっ⁉️」


 図星だ。


「あ、いや背が高いよなぁと。麗奈の元旦那さんと同じくらいあるかなと」

「確かに」

「環名ちゃんがいればよかったのにー」


わたしがそう言うと、麗奈が何も返事しない。あれ?


「琴ちゃんってどういう男の人がタイプ?」

「えっ⁉️」


 そんなこと初めて聞かれた。


「あんまり考えたことない」

「そっか」


 いつもなら麗奈は深追いしないのに、この日は何だか喰いついてきた。


「琴ちゃんは再婚願望ってないの?」

「さ、再婚?」

「うん、まぁその前に彼氏だよね」

「あー……」


 何と答えれば。


「なんか、いまはまだ子育てと動画で精一杯っていうか。彼氏なんて贅沢……」


 しまった、麗奈は付き合っている人がいるんだった!


 慌てて麗奈の方を見ると、なんだか複雑な顔をしている。


「わたし、欲張りなのかな……」

「あ、違う! 麗奈みたいな人には全然ほら、優しいし綺麗だし彼氏の一人や二人いても全然おかしくないっていうか。ほら、保健師としてもちゃんと働いて自立しているし!」


 なんだか苦しい言い訳をしているみたいだが、でもその通り。


「わたしは、まだ……職業もはっきりしないプー太郎ならぬプー子さんだから」

「ええ、そうかなぁ? 琴ちゃんは本音を隠すタイプだから」


 言われてしまった。


「……まぁそりゃ、ステキな人がいたらとは思いますが」


 なぜか敬語。

 その話は一旦そこで終了した。麗奈は何を思ったであろうか、わたしの失言に幻滅したであろうか。


 どういう人がタイプとかあまり考えたことがなかった。わたしの恋愛偏差値は本当に乏しい。学はかっこいいなとは思ったが、人間外見よりやっぱり中身だよな。じゃあ、外見なんでもオッケーなのか。

 体重百三十キロの人、青髭がすごく濃い人、髪がフケだらけの人、ねずみ男みたいな人……? 一反木綿いったんもめん、目玉おやじ、性格よければすべてよし?


 わからなくなってしまったので、一旦保留。とりあえず幽霊はやめておこう。実在する人間で。


 動画の視聴は最高で八十二万回を達成していた。自画自賛するなら、かなりすごいと思う。

 ただ、世の中の移り変わりは早い。どんどん新しいものが登場して、どんどん人の興味は移っていく。時の流れに合わせて、動画も変えていく必要がある。


 いまはそれで収入を得ることができているが、いつ人気がなくなるかもわからない。手に職をつけた方がいいだろうか。と資格講座のパンフレットを大量に注文してみた。


 四十代、五十代……人生はまだまだ長い。


 医療事務、簿記、宅地建物取引士、保育士、歯科助手、看護助手、介護福祉士、社会福祉士、ネイリスト、カラーコーディネーター、あとはもう自分とは世界が違う気がした。


 いまさら、司法書士や行政書士になれるとは思わない。資格ってこんなにたくさんあるんだ……。何が自分に向いているのか。仕事の合間をぬってできるくらいのもの。


 介護は担い手が不足しているから求人数も多いのは知っているけれど、大概、お給料が安いという話を聞く。杏を育てて自分も食べていけるように。


 いつ―


 いつ、麗奈と離れ離れになるのかもわからない。環名ちゃんだっていつまでもここにいてくれるなんて期待はしない方がいい。一人になった時に自立した人間になりたい。


 いっそのこと全資格をとる?? でも、医療事務の講座料金だけでも月々3980円✕十二ヶ月ということで、そんなお金の余裕があるのかないのか。


 結局決められないまま一日が終わってしまい、優柔不断な自分がイヤになった。


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