☆第六十一章 気づいてしまった。自分の気持ちに。
その日、折り返しの電話は鳴らなかった。翌日の九時ごろになっても折り返しはない。気になってしまう。
「琴さん、どうしたんですか? スマホがなんか気になる?」
「あ、いや」
環名ちゃんがいるのに、彼女を差し置いて何をする気なのか。電話が返ってこなくたっていいじゃない。関係ない人なんだから。
関係ない人?
河川敷で会った彼、ラーメン屋で会った彼、この間、環名ちゃんにひまわりのブーケを渡した彼の姿が頭から離れなくなっていた。
邪念退散! 悪霊退散! ええい仕事に集中しろ! わたしはスマホの電源を切った。
お昼ごはんを食べてしばらくした時だった。
『ピンポーン』
インターホンが鳴った。モニターを見ると、なんと薮内さんだった。慌てて出る。
「あ、すみません」
「あ、あの、こ、こんにちは」
しどろもどろ すぎるだろ。当然環名ちゃんも気になって玄関までやってくる。
「薮内さん⁉️」
環名ちゃんの表情がパっと明るくなった。
「あの、すみません昨日お電話頂いていたみたいで。実は昨日、今通っているところにスマホを忘れてしまいまして、午前中に取りにいったら着信が入っていたので、お電話したのですが、電源が切れています。とのアナウンスだったので」
まずい、わたしが薮内さんに電話したことが、環名ちゃんにバレバレではないか。
「あ、それでう、うちに⁉️ わ、わざわざすみません」
声が裏返っている。環名ちゃんがいるところでデートになんか誘えるわけがないであろう。
「あの、せっかく来ていただいて申し訳ないのですが……昨日の電話はうちの娘が間違ってボタンを押してしまって……」
嘘だ。杏はスマホを触っていない。
「あ、そうでしたか。何もなかったならそれでいいのですが」
「あ、もしよかったら少しあがっていきますか? 冷たいものでもどうぞ」
ちょっと待て、何を誘っているんだわたし。
「ああ、ありがとうございます。でもちょっとまたやることがあるので帰ります。お気遣いありがとうございます」
またいつものように笑った彼の顔を見て、胸が痛くなってしまった。
結局のところ、彼は帰ってしまったのだが、環名ちゃんと二人、気まずい。
「薮内さん、久しぶりでした」
「ね、ねー。せっかくだからうちに入ってもらえたら、ほら、環名ちゃんとおしゃべりできると思ったのに」
口からでまかせ、ウソばっかり。わたしはひどいヤツだ。
気づいてしまった。気づいてはいけないことに。
「さあ、仕事を再開しましょう!」
気づいてしまった。自分の気持ちに。
わたしは、薮内さんのことが気になって仕方ないようだ。