☆第六十六章 マイコプラズマ肺炎。
テレビのニュースでマイコプラズマ肺炎が流行っているとアナウンサーが言っていた。
朝の一時。麗奈は既に着替えて保育園へ向かう準備を済ませたようだ。
赤い顔した杏のおでこを触るとものすごく熱い。
「麗奈!」
体温は三十九度、七分。朝起こした時には少し熱いかなと思った程度でさほど違和感は覚えなかったが、明らかにぐったりしている。
慌ててタクシーを呼んで小児科につれていくと、マイコプラズマ肺炎が流行っているからねぇ、と先生。検査は一日経たないとできない。と言われたが、とにかく熱が高いので
「入院をおすすめします」
と言われてしまった。そして半日ほど経って咳がで始めたので検査したら例の如くマイコプラズマ肺炎です、と診断。
「感染する病気ですから、周りの方は咳などの症状は出ていないですか?」
麗奈は今日、星弥くんを保育園へ連れていくのを中断して、家で二人、待機してもらっている。星弥くん自身は元気そうだが、感染の可能性を考えてのことだ。
麗奈に電話するが、二人とも元気そうだ。症状がでているのは今のところ杏だけらしい。
小児病棟に寝かされた杏はぐったりしている。
解熱剤で少し熱はおさまったが、坐薬を入れる前は体温が三十九、九度で、ほぼ四十であった。
わたしは杏の手を握ってただ、じっとしていることしかできない。
ウトウト、夜。付き添うのはいいが、腰が痛い。お母さん用のベッドがあるワケではない。椅子の上でウトウト。椅子から落ちそうになって、姿勢を戻すがまた落ちそうになる。を繰り返して五回くらい。
ええい、仕方あるまいと、床にバスタオルを敷いて、転がった。
硬いし冷たいし。でも娘はもっと苦しいはずだから、このくらいなんのその。
杏は意外と身体が強くて、インフルエンザも、普通の風邪もひかない。
冬に、保育園で様々な感染症が流行って、みんなバタバタ倒れていっても杏は一人ケロっとしているタイプである。
お陰様で、保育園にはほぼ皆勤賞ってくらい行ってくれていて、仕事も捗るのだがその分のツケがきたのかな。
マイコプラズマ肺炎はけっこうきつい、と聞く。わたしはなったことがないけれど、杏のクラスを担当している保育士の一人が、入院していたので、その時の体験談を聞いた。
「いやあ、もう咳がひどくて夜もずっと咳が出るからしんどくて寝られなかった」
コロナにインフルエンザに溶連菌に、ヘルパンギーナにアデノウイルスになんだかんだと感染症は集団生活の中で流行る。いまは予防接種でなくなったが、わたしは小さいころ風疹と水ぼうそうになったんだった。確か。どんな風だったかな……。
そんなことを考えながら眠っていると、全身ブツブツで痒くて辛い悪夢を見た。
翌朝、重いまぶたを必死で開けると、夜は明けて、太陽がほんの少し窓から差し込んでいた。起きると背中がすごく痛いことに気づく。
「ママぁ……」
か細い声で杏が呼ぶ。
「おはよう、杏」
「ママ、ここどこ?」
「病院だよ」
随分言葉をしっかり話すようになった杏は、通常より言葉の発達が早いように思う。
けほっけほっ
咳が出る。
「しんどいね」
背中をさするしかできない。こういう時、親は辛い。
個室なので楽しい音楽をかけてみる。普段なら音楽に合わせてノリノリでダンスする我が娘も今日はげっそりしている。
そういえば、お腹がすいたことに気づいた。それを察知したのかエスパー麗奈が突然現れる。
「差し入れ」
「仕事は?」
自身の腕時計を確認すると、九時半だった。
「ちょっと遅出でいまから行くよ」
麗奈がバナナとパンを持ってきてくれた。杏はバナナが大好きだ。イチゴも好き、メロンも好き、スイカも好きだし、桃も好き。要は果物大好き少女なのだ。
一方、星弥くんは肉が好き。唐揚げ、ハンバーグなどはガツガツ食べるが魚が苦手である。杏は、野菜が苦手という典型的な幼児だ。にんじん、キャベツ、ブロッコリーは皿から放り投げることもある。
スイカだってイチゴだって畑で穫れるから、野菜……? と言ってみたが、違うらしい。
話が逸れた。入院は一週間ほど続いた。
子どもがぐったりして寝ている間もそれはそれでしんどいが、一番しんどいのは、治りかけの頃である。
「そとであそぶ!」
ベッドになんか寝ていられないと外へ出ようとする娘を止めるとギャン泣きされる。元気になっても外出できないのが辛い。なんとか彼女の気を惹くためにおもちゃ屋でたくさんのぬいぐるみを購入してみた。入院費と合わせてなかなかの出費だが、娘のためだ。
はあ、退院……。家に帰ったら、わたしはよほど疲れていたのか、床で寝ていた。