☆第六十九章 親友。
おかしい。
麗奈の様子がまたおかしい。
三月になって少し暖かくなってきたころ、麗奈がある日からあまり話さないようになった。
もしかして、わたしのことウザいとか思っているのだろうか。
話しかけても上の空、どうしたの、わたし、ここにいていいのかな?
家賃一万円のまま、ずっと住まわせて頂いているし、一階の事務所も無賃で借りた状態になっている。さすがに図々しいのだろうか。
そろそろ引っ越しも考えなくてはいけない。いつまで甘え続けるつもりなのか。
そう思い、食材の買い出しの前に物件の情報が載っている冊子をもらいにいく。
マンション、アパート、一戸建て……。さすがにシングルで一戸建ては贅沢だ。
メゾネットなんてのもあるが、築年数が浅いところはもちろん家賃も高い。電車の駅から近いところも家賃が高いが、駅は滅多に利用しないし、今住んでいるアパートの付近でと探していたら、薮内さんが暮らしているアパートを見つけてしまった。
家賃三万五千円、フローリング六畳、トイレ、バス、キッチン、エアコン完備……。
決して新しいとはいえない木造二階建てのアパート。
ふとその時、薮内さんの言葉を思い出した。
「気持ち整理ができるまで待っています」
気持ち……。学のことはもうすっかり忘れている。たまーに思い出すこともあるが、思い出したところで感情の変化はない。
薮内さんは、気持ちの整理ができたらどうするのであろうか。まずはデートに行く???
そうだよな。相手のこと、まだまだ詳しく知らない。将来的に一緒に暮らすなんてことがあるのかな。
シングルマザーの悩み。例え再婚したいと思っても、子どもの父親が違う人になってしまうわけで、例えば薮内さんがわたしのことが好きだとしても、いざ結婚とかなると、血の繋がらない杏のことを受け入れるなんて……。そして杏もある一定の年齢になったら、パパが自分の本当のパパでないとわかってしまう。
保育園が一緒の人で、最近、再婚したという人がいる。
「子どもが二、三歳の間なら騙せる」
と話していたが、騙すという表現はいかがなものか。この人がパパだよと思い込ませておいて、やがて思春期がきて大きくなったときに、実は血が繋がっていないと話すのか。
麗奈はどうするのだろうか。
一緒に暮らしている仲で、親友で、家族。麗奈に聞いてみよう。意を決し、ゴクリと唾をのむ。
「麗奈、最近元気ないように見えるけど、大丈夫?」
子どもたちを寝かしつけたあとに尋ねる。
「えっ、そうかな? あ、ごめん、確かに口数少なかったよね……」
そこでまた口ごもってしまう。え? 本当に嫌われたのかなぁ……不安が湧いてくるがふとあることに気づいた。なんだろう、何か特別にこう、言葉では言い表せない、気? オーラ? を感じてしまって、まさか……。とわたしは混乱する。
「麗奈……間違っていたらごめんね。その……」
「琴ちゃん‼️」
振り返った麗奈が泣いている。
「ど、どうしたの⁉️」
「ごめんなさい。本当に私がバカで! 本当にごめんなさい」
「そ、そんな謝られても……」
「どうしよう、どうしたらいいかな?」
まさか、本当に予感が的中したのか?
「麗奈……妊娠してる……??」
わたしがそう尋ねると、目に涙をたくさん浮かべて麗奈がコクリと頷いた。
しばらく呆然とする。
麗奈が妊娠した。あの看護師さんとの子であろう……結婚する、麗奈が家から出ていく、違う、わたしが出ていくべきだろう。ここは麗奈の家だ。
あたまのなかでぐるぐる反芻しているその言葉をどう解釈したらいいのかわからず、でも、こういう時こそ自分がしっかりしなくちゃ、と奮い立たせる。
「結婚……するの?」
「実は……、まだ相手に言っていなくて」
「えっ‼️‼️」
「言わなくちゃいけないんだけど、もし、いらない堕ろせって言われらどうしよう……」
号泣する麗奈がわたしに抱きついてきた。
「麗奈は産みたいの……?」
「産みたい……」
だったら、堕ろせなんて言わせまい。もしそんなことを言おうものならわたしがぶん殴る。
「麗奈、大丈夫だよ。赤ちゃんができるって本来ハッピーなことなんでしょう?」
「保健師のくせにあり得ないよ。何やっているんだろう私……」
泣き続ける彼女の頭をなでる。こんなに泣いている姿を見るのは初めてだ。
「大丈夫だよ。何があったって、赤ん坊は守っていこう。どんなことになっても、わたしは麗奈の親友だから……」
麗奈の肩が小刻みに揺れている。妊娠がわかってから今日まで、ずっと我慢していたのかな。
「……琴ちゃん、ありがとう」