☆第七十五章 信じられない報道
翌日、朝、テレビを見て度肝を抜かれた。
『六年にわたって、遺体を放棄し続けてきたとして、暴行罪で逮捕された佐々
アナウンサーがマイクを持って、中継現場にいる画面へと変わった。
何の変哲もない、小さなアパートの映像とよくテレビで見る干しっぱなしの洗濯物。
ロールパンを持ったまま、固まってしまっていたわたしは、まさか……としばらく声を失っていた。
「麗奈」
思わず、麗奈の名前を呼んでしまって、ふと、いないんだって気づいて恥ずかしくなって涙が出そうになった。
これから、ニュースを見て、わあ……この殺人犯、とんでもない人だね。とかこの俳優さんイケメンじゃない?? とか、そういう会話すらできないんだ。
それにしても佐々木、波子っていったよね? 波子さんが六年前に長女を出産したが、死産か何かで、出生届を提出しないまま……もしかしたら暴行死? かもしれない。自宅に遺体を放棄していた。波琉ちゃんは三年後に産まれた次女。
波子さんも死体遺棄で逮捕されるのだろうか。だとしたら、波琉ちゃんは一人ぼっちになってしまう。
胸が痛くなって、昨日の薮内さんの会話を思い出した。
―五歳のときに事故で両親をなくした―
そんな幼いころに両親を亡くすって、どんな気持ちなんだろう……。そして波琉ちゃんは、本当にいま、どこで、どうやって過ごしているのか、気になって仕方ない。
わたしはスマホを持ってあき婆に連絡をした。
「えっ……」
あのタフで何でも悟っているようなあき婆も、わたしの話を聞いて、言葉を失っている。
麗奈に電話をかけるのを躊躇ったのは、心の中にほんのりと渦巻いて消えない疎外感?
あき婆に電話をかけるってことは誰かに、話を聞いてほしかったのだ。
今日は、仕事の日で、時間的にも杏を保育園に送り届けなければならないので
保育園へ行って帰ってきたら、あき婆が家の前で待っていた。
いつもどおり、環名ちゃんが出勤してくる。薮内さんは火曜と金曜だけなので、今日は休みだ。
仕事は一旦保留。三人で、リビング会議を行う。
「まあ、私たちがここで話し合ったところでどうにかなる問題じゃあないんだろうがね」
「波琉ちゃんの行方が心配です」
「恐らくだけれど、虐待の通報があって、職員が確認したところ、アザなどがあることが判明して、すぐに母子は保護されたんだろうね。そういうときはシェルターに保護される」
「シェルター……なんか聞いたことあります」
スマホで検索をかける。母子シェルターとは、DV被害などにあった親子が生活する自動福祉施設である。一次避難の場所で、場所は基本的に公開されていない。
それはそうか、公開されていたらまた狙われるかもしれないワケで、隠れ家ってことだもんな。でも母親まで留置場につれていかれたのなら、波琉ちゃんは三歳なのにたった一人なのか。もちろん職員の人が面倒はみているだろうけれど、突然親がいなくなって泣いているのではないか。泣いている彼女の姿を想像して心臓がえぐられるように痛くなった。
なんとかして波琉ちゃんに会えないか。わたしは麗奈に連絡をしようと思ってスマホを手にとり、やめてしまった。
今回の妊娠で、麗奈は随分つわりがひどそうだった。
「星弥の時よりキツイわー」
と言って笑っていたけれど、ご飯も殆ど食べていなかったので、もっと落ち着いてから連絡しよう。と思ったら、さすがは麗奈。メッセージが入っていることに気づいた。
『波琉ちゃんのこと心配だね』
遠慮をすることはないのであろう。麗奈が親友であることに代わりはない。もしかしたら彼女のことだから、わたしが抱いている、小さな疎外感にも気づいているのかもしれない。
『うん、心配だね』
また、秒で返事が返ってきた。
『琴ちゃんのことも心配だよ。蹴られたお腹は大丈夫?』
あれれ、わたしは麗奈に心配をかけまいとその話はしていないはずなのにどうして知っているのか。
「あき婆、もしかして麗奈にわたしのこと言いました?」
お茶を啜っていたあき婆が、ピクリとする。
「余計なお世話だったかね」
「あ、いえそういうんじゃ」
「麗奈に気を遣わなくていいと思うよ」
ああ、やっぱり心を見透かされている。
わたしは、席を外して薮内さんに電話をかけた。あの日、どうして男の人に殴られたのかもちろん彼には説明している。
「心配ですね……」
彼も心配している。でも、わたしたちがどうのこうの、できる問題ではない。
いまはただ、彼女の安全を願うのみだ。