☆第七十八章 孤独。
ダイニングテーブルの上にたった一つだけ置かれたどんぶり鉢。
いつもここに環名ちゃんがいて、麗奈がいて、星弥くんもいた。わたしと杏の二人だけではこの部屋は広すぎるように感じる。
「環名ちゃんの恋が成就するように応援するよ!」って何ヶ月か前に言ったことを思い出す。
「あの、環名ちゃん勘違いしているかもしれないけれど、わたしは薮内さんに恋愛感情なんて全く持っていないから」
わたしはここで、環名ちゃんにそう言ってしまった。
それなのに、彼女に黙っていたのは確かに最悪だ。彼女には真実を告げるべきだった。
親子丼を杏と二人でほおばる。
するとインターホンが鳴った。
「もしかして環名ちゃん⁉️」
わたしが慌てて玄関へ向かうと、そこには宅配便のお兄さんがいた。がっくりする。
食べ終えた食器を片付けて、杏と一緒にお風呂に入って就寝。環名ちゃんはいつから来てくれるのだろうか。
急に不安になって涙がこぼれてきた。明日……、明日環名ちゃんのところへいってみよう。
翌日は曇天だった。杏を保育園に送り届けたその足で、環名ちゃんの住むアパートへと向かう。彼女の家に直接お邪魔したことはないけれど場所は知っている。わたしの家から徒歩十五分ほどのところにある、シンプルな木造二階建てのアパートの二階。
インターホンを押してみる。……反応がない。留守なのか、居留守なのか。
もう一度インターホンを押してみる。やはり反応がない。話せばわかるはず。でも話せないとなるとお手上げだ。
メッセージも送ったが既読にならない。電話もとってくれない。完全に拒否されてしまっている。
とぼとぼと家路へつく。事務所へ帰ると薮内さんがパソコンの前にいた。今日は木曜日だから出勤日だ。
「ごめんなさい、本当に僕のせいです」
頭を下げられても、こちらもどうしていいかわからない。
二人で作業をするが捗らない。やはりこの事務所の隠れ社長は環名ちゃんなのだ。彼女の実力あってこそ、素敵な動画ができあがる。
「待つしかないかな」
「……」
彼女が気持ちの整理ができるまで待つしかない。
「こんなときに申し訳ないですが、来週は試験でお休みさせていただきます」
そうなのだ。来週は薮内さんの保育士の国家試験がある。
「あの、薮内さんは気にしないで、試験頑張ってきてください」
★☆★☆★
「そうだねぇ、あんたは気にしなくていいよ」
イチゴのヘタをとりながら、あき婆がそう言う。
「ちょっとスネとるだけやって」
今日は夕飯にあき婆がきてくれた。
「あんたは何も悪いことはしとらん。堂々としていればいいよ」
あき婆の言う通り、悪いことはしていないとは思う。ただ、薮内さんのことが好きだと気づいた時に、彼女に正直に話すべきだったかな。
環名ちゃんがいないからといって、仕事をやらないわけにはいかない。わたしは自分で作曲したミュージックにアニメーションを被せていく。細かい作業だ。
アニメーションは相変わらず、プロに依頼しているが、自分でも描く練習をしている。とはいえ、絵の技術ってものは何年もかけて培っていくものであろうし、ある程度生まれ持った才能もあるだろう。わたしの絵では、幼稚園の子よりちょっと上手い程度なんじゃないか。というくらいお粗末だ。
フリマアプリで購入した蛇味線は少しずつ弾けるようになってきた。今週は薮内さんの試験なので、火曜も木曜も一人きりだ。
一人で作業をしていると、お客さんがやってきた。
「やっほー」
「麗奈⁉️」
幾分か痩せたように思うが大丈夫なのか?
「あ、大丈夫、つわりが治まってきたから」と笑う彼女だが、頬がこけている。
「あき婆から環名ちゃんのこと聞いたんだ」
「それで、来てくれたの?」
「もちろん愛する琴ちゃんに会いに……」
わたしは思わず麗奈に抱きついてしまった。
「えっ、琴ちゃん泣いてる???」
「麗奈がいなくなって……さみしくて」
「あらら、余程愛されているのね。嬉しい」
「薮内さんとうまくいったのね。嬉しい」
麗奈はニコニコ笑ってそう言うが、わたしは素直に喜べない。
「ほら、琴ちゃんは絶対そんな顔していると思ったよ。環名ちゃんは恋愛初心者だから、ちょっとショック受けているだけだよ。誰にでもあり得ること」
あき婆も麗奈もそう言ってくれる。
「環名ちゃん、また来てくれるかな?」
「来るでしょう。ていうか失恋で従業員に休まれたらたまったもんじゃないわよ」
「ところで、わたしの話なんだけど」
麗奈がお腹をさすっている。
「ああ……」
「出産予定日が十一月二十二日なんだって。いい夫婦の日で笑っちゃう」
そうだ、麗奈の子どもはわたしが悩んでいる間も順調にすくすく育っている。