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友人よ。酒を酌み交わそう。

☆第八十章 友人よ。酒を酌み交わそう。


 その電話が鳴り響いたのは、夜の七時だった。ディスプレイ画面を見て驚く。

『島崎環名』の文字。慌てて出る。

「はい」

「あ、琴さーん」


 この声は酔いつぶれているときの環名ちゃんの声だ。


「環名ちゃん、酔っているね」

「いま、大もんじにいるんですよ」


 大もんじ とは、わたしの家から北へ少し行ったところにある居酒屋だ。

「環名ちゃん、あのね……」

「琴さんもよかったら来てください」


 謝ろうと思ったら言葉を遮るようにお呼び出し? 来てくださいと言われても杏と二人きりなので、杏だけ置いていくわけにいかない。仕方ない。あき婆を召喚しよう。


 本当にいつもいつも便利屋のように利用してしまっているあき婆だが、もちろん快く引き受けてくれた。


「あの甘え娘に一言喝を入れてきな」


 そう言って送り出してくれた。


 『いらっしゃいませー』


 そういえば子どもが産まれてからこういった居酒屋とは縁がなくなっていた。環名ちゃんは奥のカウンター席にいた。


「あ、琴さーん、きてくれてありがとうございますぅ」

「わ、酒くさ……環名ちゃんどれだけ飲んだの⁉️」

「琴さんに謝りたくて、でもお酒のちからを借りないと言えない困ったヤツなんですよ~」

「謝るのはわたしも……」

「薮内さんのことは諦めますー」


 また唐突な。


「環名ちゃん、ごめんね。わたし、薮内さんのこと好きになってしまった」

 正直に彼女に告げた。

「いいですよぉ。琴さんと薮内さんお似合いですからぁ」

「わたし……何かあるとすぐお酒に逃げちゃうんですぅ」

「……そうだね」

「本当は弱虫なんですよ。コミュ障だし。友達いないし」


 いつも明るい環名ちゃんの暗いセリフが突き刺さる。


「環名ちゃん、戻ってきてよ。環名ちゃんがいないとやっぱり素敵な動画は作れないよ。わたしは環名ちゃんのこと、尊敬しているんだよ」

「そんけー……?」

「そうだよ。作曲の才能あると思うから」


 環名ちゃんの目に涙が溜まっていく。

「わ、わたしなんか。何もない」

 突然、環名ちゃんが泣き出す。

「そんなことないのに」

「何をやっても、中途半端でぇ……、すぐ投げ出して……」

「環名ちゃん、落ち着いてよ」

「ごめんなさいぃぃ……」


 店のカウンターで酔いつぶれて涙を流す彼女は世話が焼けるがこれが本当の彼女の姿なのだろうか。

 とりあえず、これ以上飲ませない方がいいと思い、お勘定を済ませて彼女のアパートまで連れて行く。


 肩を支えて歩いていると彼女はぐずぐずと鼻声で何度も

「ごめんなさいぃぃ……ごめんなさいぃぃ……」

 を繰り返していた。


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