☆第八十一章 合格発表。
今日は薮内さんの保育士筆記試験の合格発表の日だ。水曜日で本来なら薮内さんが出勤の日ではないのだが、一緒に合格発表を見たいと環名ちゃんが言い出して、三人でその時を待つことにした。
そう、環名ちゃんは事務所に帰ってきた。ベロベロに酔っていた彼女は何かふっきれたのか翌週から何食わぬ顔で出勤してきた。とりあえずは良かった。
合格発表は正午となっている。十一時五十分に仕事を切り上げて、三人でパソコンの前で待機する。しー………ん。緊張からか誰も声を発さない。
合格か否かはサイトで見られる。
十二時ジャスト…………合格。
「わーおめでとう!」
思わず拍手をしてしまうが、「まだ筆記だけですから」と謙虚に笑う彼。
「問題は実技試験です」
「実技は秋ですよね?」
「はい、十月ですね」
「実技って何やるんですか?」
「三項目のうち二項目を選ぶんです。わかりやすく言うならピアノ演奏しながら歌う、絵や工作の技術、あとは紙芝居などの読み聞かせ、です」
「なるほど……」
「残念ながらピアノは弾いたことがありません。なので、工作と紙芝居かなと思っています」
「いっそのこと、ここの事務所にピアノ一台置いてもいいかもしれないですね」
環名ちゃんがそんなことを言うが、考えてもみなかった。ピアノはわたしが最近新しく追加した楽器だし。
「高額かな?」
「うーん、いらない人のを譲り受けるとかだったら意外と無料とかであるかもしれないですね」
「誰かいないかな? という前に薮内さんが、ピアノの試験を受けたいかどうかだと思うけれど」
「えっ、僕ですか⁉️ それはもちろん、ここにピアノがあって弾かせていただけるなら嬉しいですが、全く初心者で半年後に弾けるようになるでしょうか?」
「課題曲とかあるんですか? いきなりショパンとかは無理でしょうが」
「保育園でショパンのクラシックは必要ないのではw 童謡でしょうね」
そんなこんなで、家にいらないピアノがあるかどうか探してみることにした。例の小川さんに頼んでみる。
「ピアノ⁉️ グランドピアノかしら⁉️」
「いえ、グランドピアノは大きすぎるので、もっと簡易なので……」
いきなりグランドピアノを事務所に置いたら超絶狭くなる。
「わかった。じゃあ、聞いてみるわねっ!」
もっと細かく指定した方が良かっただろうか、とんでもなく古くて音が出ないピアノとかがやってきたらどうしよう。
そんな不安を持つ暇もないくらい、すぐに返事があった。
「三丁目の山田さんのお宅、弾かなくなったピアノがあるそうよ」
小川さんに相談を持ち掛けたのが僅か三時間前なので、三時間でピアノをゲットしてしまった。昔ながらのアコースティックピアノで少々劣化はしているが、音は鳴る。
「ありがとうございます」
「じゃあ、環名先生のレッスンということで……」
環名ちゃんは昔、ピアノとバイオリンを習っていた。お嬢様だよな。
環名先生のレッスンを1対1で受けるということに少しだけ嫉妬しながら仕事を進める。
その晩、薮内さんから連絡があった。
『前から言っていた、デートはしていただけるでしょうか?』
わたしは返事をした。
『もちろんです』
環名ちゃんと和解したとはいえ、まだ少し心の奥にザワザワしたものは残るけれど、堂々と付き合おう。