☆第百章 おもいがけない。
児童センターは、家から遠い。なので今まで何回か行きたいと思ったことはあるが、行くことができていなかった。
麗奈の車は売ってしまったし、自転車は持っていない。
杏ももうすぐ三歳、身体が大きくなると行動範囲も広くなるので、ママチャリがあってもいいな。電動のやつは結構値段が高いという話を聞いた。
そんなワケで、風夏ちゃんのお父さんが車で家まで迎えに来てくれることになった。
綺麗な白のコンパクトカーが家に横付けされた。
「わざわざすみません」
座席にはちゃんと杏用のチャイルドシートまで取り付けてくれている。
「今日は寒いですね」
天気予報で確か最高気温10℃と言っていた。
児童センターは、室内で冷暖房完備、おもちゃも充実しているので早速、杏と風夏ちゃんは目を輝かせて遊んでいる。
「あの、今更ですが、
「あ、わたしは前田です」
そういえば苗字を知らなかった。
「杏ちゃんはさくらんぼ保育園に通っているんですよね?」
「ええ、風夏ちゃんは?」
「どんぐり保育園ですね」
どんぐり保育園といえば……。わたしの家からは結構離れている。
話をしていると、片桐さんは一般企業(大手メーカー)に勤めるサラリーマンで朝早い時間から風夏ちゃんを保育園に預けているという。
「朝は七時二十分には連れていかないと間に合わないし、夕方……というかほとんど夜ですね。六時に迎えに行くことができる日もありますが、いつも最後の方です。可愛そうですが仕方ありません」
そんな話を聞いたら、自宅兼事務所で悠長に働いていて、杏を九時から十七時まで預けている自分はシングルのくせに随分悠長だなと感じた。
動画から得られる報酬は大したことない。年収で言うと二百万あるかどうかくらい。でも、家賃がたった一万円だから暮らしていけているのだ。普通のアパートやマンションは最低五万以上はするだろう。
それはともかく、気のせいだろうか。公園で話をしている時より若干、片桐さんが近いように思う。
コロナ禍の時にソーシャルディスタンスが騒がれたが、他者とのちょうどいい距離感ってものがある。家族、恋人なんかは密着していても不快でない。友達、知り合い、仕事仲間、赤の他人。
赤の他人が自分の手の届く範囲にいると警戒してしまう。片桐さんは赤の他人ではないが、娘の友人の父親としか思っていなかった。今思うと、わたしは隙だらけだったのだろう。
夕方までしっかり遊んで帰宅。杏はチャイルドシートに乗せるとすぐに眠ってしまった。
風夏ちゃんもウトウトしている。
「今日はありがとうございました」
「いえ、またいつでも呼んで下さったら迎えにいきますね」
自分の家が近づいてきた時だった。突然「前田さん」と呼ばれたので運転席の方を向くと……ん? んんんん? キスされた?
呆然としてしまう。
「ごめんなさい、いやでした?」
「え、えええっと……あの、お付き合いしている人が……」
「そうでしたか、失礼しました」
わたしはこんがらがった頭のまま眠っている杏を抱っこする。
「ではまた」
車は走り去っていった。