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第百一章 正直に言えばいいってもんじゃない。

☆第百一章 正直に言えばいいってもんじゃない。


 藪内さんの就職活動は、就職先がないの逆で、保育士はどこも人手不足。

逆に保育士を募集しているところが多すぎて、どこに就職していいか迷っているようだった。


 日曜日、藪内さんがいつものように我が家にきた。昨日のことを話そうか話すまいか。……これから片桐さんとどんな顔して会えばいいのだろうか。


 杏がせっかく仲良くなったから親の都合で、もう会わないっていうのもどうかと思う。彼氏がいると告げたのだからこれ以上手を出してはこないのでは?


「どうしたの?」

「え、あ!」

「眉間にシワが寄っているよ。悩み事?」


 ああ、いけない、つい難しい顔になっていたみたいだ。黙っていようか。


「そ、そうだ、就職先は決まりそう?」

「今のところ、保育士を募集しているのが、まきば保育園とどんぐり保育園かな」


 どんぐり保育園は風夏ちゃんが通っているところではないか。


「まきばの方が近くない? さくらんぼは募集していないんだ」


 あんまりどんぐり保育園に就職してほしくない気がした。


「そうだよね。まきばだったら歩いてでも行けるし、どんぐりは自転車かな」

「自転車持ってたっけ?」

「ううん、でも必要なら買おうと思って。電車やバスで通勤するなら、もっと選択肢は広がるんだけどね」


 個人的にはさくらんぼに就職してほしい。杏のお迎えに行くと、藪内先生がにこっと

「おかえりなさい」なんて言ってくれたら最高だと思っていたのに。


「まきばはもう年始から働いてほしいそうで」

「えっ……!」

「それは、正社員での雇用……?」

「あ、もちろん」


 年が明けたら、藪内さんは保育士として働き始める?


「どうしようかな」


 それだったらまきばで働いてほしい。


「迷う要因は何?」

「あ、いや、まきばは朝が早いのと土曜日も出勤だけどお給料がどんぐりより安いから……。どんぐりの方が給料がいいんだけれど」


 なるほど。


 別に藪内さんがどんぐり保育園で働いていたとして、わたしがそこに行くみたいなことはないか。だったらどちらでもいい。


「琴さん?」

「はい」

「なんか今日、調子悪い?」

「あ、いや……」

「なんか考えているみたいだから。なんかあったら言って」


 藪内さんが顔を覗き込んできた。正直に言うか。


「あ、あのね……」


 わたしは、片桐さんにキスされたことを告げた。


「あの……」

「帰るね」

「えっ……」

「今日は帰る」


 明らかに不機嫌になった藪内さんがうちを去ってしまった。


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