☆第百四章 突撃訪問はヒヤヒヤです。
「久しぶりー! 杏ちゃん大きくなったねぇ!」
杏はしばらくわたしの父と母に会っていないから警戒している。出迎えたのはわたし、杏、そして……
「はじめまして。藪内洸稀と申します」
藪内さんが頭を90度下げた。両親は当然驚く。
「え、えーと……」
「琴、いつの間に再婚したの?」
とりあえず二人をリビングに通してお茶を出す。出会った経緯から今日に至るまで説明をする。
「そんなことがあったんね。もっと早く、知らせてくれたらよかったのに」
鍋は一旦火を止めていたが、再び点火して具材を足す。
わたしの両親は昔から物わかりはいい。本当に、親ガチャで言うなら超ラッキーなのであろう。
「琴のこと、よろしくお願いします」
「はい」
さすがの藪内さんも緊張しているのか声がうわずっている。
「杏」
「杏ちゃんー」
普段、子どものいない集落に住む六十代夫婦にとって孫は癒やしの存在でしかないらしい。しかし、杏の方は「だあれ?」とか言っている始末。
「じいじだよ」
「ばあばだよ」
「じーじ、ばーば」
「そうそう偉いわねえ♥」
またすっかりアイドルになってしまった杏。おみやげにおもちゃを買ってきたものだから、大喜びだ。
「ルルちゃんだ!」
わたしが小さなころはリカちゃん人形がブレイクしていた(今もブレイクしているが)、
小さな子向けにルルちゃんという女の子の人形が販売されている。当然、着せ替えなんかもできるから、保育園のママさんたちが
「ルルちゃんグッズが増えて足の踏み場もない」
とか言っていた。オシャレな服、家もある。洗濯機も冷蔵庫もある。今のおもちゃはなんというか凄い。ボタンを押すと洗濯機が回る。冷蔵庫には製氷室まである。
「これにジルバニアファミリーが追加するともう大変」
という話を聞いているので、ジルバニアファミリーには手を出していない。
おもちゃを頂いたお嬢様はご機嫌なので、両親は藪内さんに酒をすすめている。
「あ、実はあまり飲めないんです……」
そうなのか。確かに藪内さんがお酒を飲んでいるところを見たことがない。
「あ、そうだ。琴さあ、片桐さんって覚えている?」
母にそう尋ねられてごはんを喉に詰めそうになった。
「か、片桐さん?」
「そうそう、ほら小学校のすぐ近くに住んでたおじいちゃんいたじゃん。畳屋さん」
あ、なるほど……。地元の奈良の片桐さんか、偶然名前が一緒だったとはいえ、タイムリーすぎる。
「ああ、畳屋さんね。覚えているよ」
「おじいちゃんはもうだいぶ前に亡くなってしまったけれど、ほら、あんたと同級生で片桐翼くんっていたわよね。あの子が大阪のなんかこの辺に住んでいるそうで」
小学生のころの片桐、翼……。まさか、そう言われたら顔が似ている。
幸い、藪内さんにこの間キスされた相手の名前は教えていない。杏が風夏ちゃんって子と仲良くなってその子のお父さんって言い方をしていた。
「へ、へー。でも地元からはみんな大学とか就職とかで、京都や大阪に出ている人が多いから」
「そうよね。大森さん家のさくらちゃんも、橋本さん家の若菜ちゃんもたしか大阪の大学に進学したもんねぇ」
話が少しそれてくれてよかった。
「さ、さくらちゃん覚えているよ。かわいい子だったよね。若菜ちゃんは確か頭よかったし大阪大学に入ったって……」
今日はなんだかヒヤヒヤする一日だ。