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第百十一章 夏祭りの役

☆第百十一章 夏祭りの役


 宣言していた通り、四月から風夏ちゃんがさくらんぼ保育園にやってきた。杏よりひとつ歳上の四歳児クラスにいるが、フロアが一緒なので、送り迎えの時に見かけたりする。


 でも片桐さんは朝早い時間に送って夜遅くに迎えにくるので、直接顔を合わすことはない。まぁそれなら大丈夫だろうと思ったら、いきなり、園のイベントで夏祭りの役に当たってしまった。毎年くじ引きで公平に決まるそうなのだが、わたし、片桐さん、あと二人の四人が夏祭りの係になったそうだ。わたしは保育士さんに

「片桐さんはシングルファザーで忙しい方なので、免除したほうがよいのでは?」

と話すと、ああ、みんな忙しいからね。去年もお医者さんがやっていたのよ。


 なんて……、なんて運が悪いのか。別に彼が嫌いなワケではない。風夏ちゃんのお父さんとしては普通に接することができるが、片桐翼という男の人としては、接したくない。


 そんなことを言っても仕方ない。土曜日の午前中に集まって会議をする。久しぶりの再会だ。


「久しぶりですね」

「そうですね」


 まあ、二人じゃないから他の二人もいるから四人で夏祭りの内容について会議を行う。


 毎年、7月の終わりにやることになっていて、出店がフライドポテト、ポップコーン、おにぎり、あとかき氷、くじ引き、ボウリング、ダンス、金魚すくいゲームなどが行われる。


「災難ですよねぇ」


 一緒の委員になった後藤さんは、役員をやりたくなかったらしく、愚痴ぐち言っている。


「今年はおばけ屋敷なんてどうです?」

「うーん、子どもたちみんな泣き叫ぶよ」


 後藤さんともう一人が中村さん。


「前田さんは何か意見ないですか?」


 そう尋ねてきたのは片桐さんだった。


「え、わたし……」


 しまった、何も考えてなかった。

 あくまで保育園のお祭りなので、できることは限られている。


「えーと、簡単なコスプレとか」


 何を言っているんだ自分よ。


「あ、えっと、コスプレって言うと語弊があるかもしれないですが、よく大型のテーマパークに行ったらウサギの耳やら、フェイスペイントやらなんかできるから」

「あ、それ面白そう! 女の子用のアクセサリーとか、おもちゃでティアラとか、それで写真撮れたらいいですね」

「女の子向けですね。男の子は何します?」

「電車運転ごっことか?」


 意外にも会議は盛り上がって、昼前に終わった。わたしは今日、仕事が休みだった藪内さんに杏を預けた。が、片桐さんは風夏ちゃんを連れてきていた。


「杏ちゃんは?」


 風夏ちゃんがわたしのカーディガンの裾を引っ張った。


「ごめんね、今日お家なんだ」

「え、ひとりでいるの?」

「えーと……」


 旦那が見てくれている。いや、旦那じゃなくて彼氏だ。


「杏ちゃんと遊びたい。おうちいってもいい?」


 えっ……。


「風夏、無理を言うんじゃない」


 なんだ、ちょっとホッとしたけれど、片桐さんと目があった。


「杏ちゃんは誰かに見てもらっているんですか?」

「ええ、ちょっと近所の方に預けていて、迎えにいかないとダメなんで行きますね」


 慌てて、保育園から出た。


 藪内さんと一緒に暮らしていることまで言わない方がいいだろうか。言ってもいいのだろうか。でもちょっと心が痛む。


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