☆第百二十一章 懐かしいマタハラ。
キタムラさんは優しいが、副館長の安藤という男性がいる。悪気なく、何でもズバズバ言うタイプで、「双子を妊娠しているのに働くなんて無理じゃないですか?」って言われた。
確かに、わたしは先日眠気でぶっ倒れて、頭と腰を負傷している。
お腹の赤ちゃんが双子だという話をついしてしまったが、黙っていたほうがよかったのだろうか。
安藤さんは、淡々と仕事をこなすタイプで、喜怒哀楽が乏しいので、この業界にいること自体が謎だが、やはり仕事をするとどこでも人間関係が発生する。児童養護施設だから慈愛に満ち溢れたマザー・テレサのような人ばかりが職員というワケはない。
館内の掃除のためにバケツに水を汲んでいると、「持てるんですか?」とかいちいち聞いてくる。よく一人目の妊娠中は、「重いものを持ってはいけません」なんて言われるから気をつけているが、二人目、三人目となるとそうはいかない。
現在十三キロの杏を毎日抱っこしているので、バケツくらいなんてことはない。
「そのうちお腹大きくなったら床見えなくなりますよ」
「靴下はけなくなりますよ」
なんだろう、いちいち言ってくる。放っておいてほしい。また、マタハラなのか。
このところ、どんぐり保育園の夏祭りの手伝いもやっているから多忙で、一日ゆっくり家にいた試しがない。
ちなみに夏祭りの手伝いの三人にはまだ妊娠を発表していない。
「あの、前田さん」
「はい」
「つわりとか大丈夫ですか?」
片桐さんに声をかけられて驚いた。なぜわたしの妊娠を知っているのか。って驚いた顔をしていたら、彼はカバンを指さした。ああ、そうだ。キーホルダーをつけていた。
『お腹に赤ちゃんがいます』っていうピンクのキーホルダー……そうだ、これをつけていたら、みんなにバレバレではないか。
「ええと、前に言っていた彼氏の子?」
片桐さんに、結婚したこと自体を報告していなかった。
「あの、結婚しました」
「え、そうなの⁉️ じゃあ前田さんじゃなくて苗字変わった?」
「いえ、前田のままなんです」
片桐さんは不思議そうな顔をしている。
「女の人の姓をとるのは珍しいですね」
その通り、日本では男性側の姓になるのがごく一般的だ。
夏祭りの日が近づいている。前は片桐さんに会いたくないって思っていたけれど、結婚してさらに妊娠までした今、彼のことは頭の片隅にすらない。保護者Bとかそのくらい。
そしてわたしは大きなミスをした。夏祭りは7月の末にある。しかし、いつもニコニコ優しい我が夫の洸稀さんの誕生日をすっかり忘れていたことに、一ヶ月経ってから気がついた。