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第63話 曽蓉江

香々《コウコウ》は早い。

今までこの子に付いて来ることができた馬を、私は見たことがない。

だけど景天様の愛馬は香々に付いて……いや、並走しても無理がない様子で走り続けた。


都に向かう際に通った道。あの時は青々とした草が茂っていたものの、すっかりと肌寒くなってきた今では茶色い枯れ草が目立ち始めていて、月日がこんなにも経っていたのだと思い知る。


曽蓉江に着くまで、私と景天様は言葉を交わすことがなかった。

そして来た時と同じように普通の馬が休まず走り続けて二日かかるところを一日で駆け抜け、曽蓉江へと到着した。


***


「景天様、無事ですか?」

香々から降りて、ここにきてようやく景天様を見ると髪やら服に葉っぱや枝をくっつけた状態の景天様が眉間に皺を寄せて愛馬から降りたところだった。


「あんな獣道を通る奴があるか……!!」

「一番近いんです、突っ切るのが」

「くっ……野生児め……」

うっかり来た時と同じ道なき道を通ってしまったけれど、まぁ無事なら良しとしよう。


村に入るとまだ灯りが各家々に灯され、夜の闇をやわらげている。

中心地からは村の酒場からだろうか、男たちの笑い声が響く。

変わらぬ村の景色に、わずかながらに安心を覚える。

帰って来たんだ、私のもう一つの故郷に。


「こっちです」

私は香々を引いて足早に村の中を進むと、村の端っこにあるそこそこ大きな家の前で立ち止まった。


黒い瓦屋根に木製の格子窓。

大きな屋敷のすぐ隣には、古びた厩が隣接されていて、老師の馬が一頭繋がれている。

柱にぶら下げて乾燥させている厩用の藁。

玄関先の大きな水瓶。

私が家を出た時と何一つ変わっていない。

私と、姉様と、老師の家──。


変わったのはそう、庭の雑草が綺麗に刈り取られ、穴が開いた厩の屋根が修繕されていることぐらい。

きっと永寿様が来たときに修繕やお掃除をしてくださったのだろう。


「香々、ゆっくり休んでね」

私はそう言って香々を厩につなぐと、「景天様、どうぞこちらへ」と景天様を連れて木製の扉を開け、懐かしき我が家の中へと入っていった。


「老師!!」

私の声が暗くしんとした屋敷内に響く。

返事はない。

まさか留守? いや、それはない。

回廊を渡って突き当り──ぼんやりと灯りが漏れるその部屋は、老師の私室だ。


ということはもしかして……何か動けない理由が……?


私はバタバタと足音を立てながらたどり着くと、勢いよくその戸を引き開けた。


バンッ!!

「老師――――――!!」

飛び込んだ先で、大きく見開かれた丸いガラス玉のような目が、私を捕えた。



「!! …………蘭…………?」








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