「景天様、ありがとうございました。いろいろと」
「いや……。君こそ、よく頑張ったな」
老師は今朝、静かに息を引き取った。
前皇帝時代からその身を朝廷に捧げてきた老師の弔いだけれど、曽蓉江の民だけで行うという簡素なものになった。
生前、死後のことを考えて永寿様と全ての準備をしてくれていたからだろう、すべて滞りなく行う事が出来たし、皇帝陛下の代名として景天様が見届け人をしてくださったおかげで、諸々の手続きも円滑に行われた。
全てが終わって、私と景天様は今日明日は曽蓉江に滞在し、遺品整理や書類確認を行ってから都に戻るつもりだ。
「……美味しい」
私は目の前に用意された夕食を一口口にすると、小さくつぶやいた。
台所でまばらに切り刻まれて無残な状態になった野菜を見た景天様が見かねて待ったをかけ、私の代わりに作ってくださったものだ。
体術、知識、どちらもある程度自信のある私だけれど、料理だけは破滅的に苦手だから助かる。
というか、料理上手な皇弟って……。
きっと市井で育ったからこそなのだろうと思うと、少しだけいたたまれない。
「あの、ものっすごく美味しいです。悔しいけど」
「ふふん。当然だ。この私が作ったのだからな」
自信満々なのがなんか腹が立つ。
「とりあえず景天様は滞在中、客間をお使いください。私は老師の部屋のすぐ隣の自室にいますんで」
「あぁ、わかった。……それにしても、平民にしては大きな屋敷だな。ここに三人だけで暮らしていたのか?」
家だけ見れば裕福な商人と同等の大きさだ。
普通の平民に返るようなものではない。
「老師が、昔していた仕事の報酬にいただいたらしいです。奥の蔵には老師が前皇帝陛下から賜ったお宝もたくさんあるみたいですけど、生活資金としてそれらには一切手を付けず、姉は古琴の演奏で、私と老師は用心棒の依頼で稼いで生活していました。お宝が使われたのは一度だけ。姉様が嫁ぐ際の衣装を買うためだけですね。結婚が決まった際、老師は皇帝陛下の花嫁衣裳の用意を『自分が用意をする』と言って断って、お宝の一部を売って姉の花嫁衣装を買い、蔵の中で保管されていた高価な古琴を嫁入りにと姉に持たせました」
娘のような存在だと思ってくれていたからこそ、自分がその婚礼用品をちゃんと用意してあげたかったのだろう。
あとは質素倹約。
庭でお野菜を栽培したり、森の中で狩りをして獲物を調達したりもした。
生きることが学び、そして修業だった。
「それだけの財がありながら、自分たちで稼いでいたのか……?」
「えぇ。きちんと働いて生きることをみっちりと教えられました。今思うと、自分がいなくなっても生きられるよう、それだけの知恵を授けてくれていたんでしょうね」
私は料理だけはどうもできなかったけれど。
静かに話を聞いていた景天様が、持っていた器を置いた。
「良い親じゃぁないか」
「……そうですね。……とても」
夜虫の声がリリンと響き、私は震える口で残りの汁を飲みほした。