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余命一年のヒロイン編1-6 今日がわたしたちの結婚式です

【鳴海千尋 視点】

回想が終わった姫川さんは恋をする乙女の眼差し。


「みんな、びっくりした? 中学時代のあたしってとがってたんだ。若気のイタリア・ドイツ・オーストリア三国同盟だね」


「なんで間違えた? 若気のいたりって普通に覚えるほうがラクだったよね、ヒメ。なんとなく気づいていたけど、そんな過去があったのね」


折笠さんはうなずきながら姫川さんの回想を聞いていた。


「やっぱり伝説の聖少女暴君は天音さんのことだったんですね」


わたしこと鳴海千尋は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


「おおらかで太陽のような姫川さんにも月の時代があったのですね」

村雨さんが比喩した。


師匠マスターのダークサイド、トゥルーだね!(ノア言語でイカしている)名づけてプリンセス・オブ・ダークネス。さすがボクの師匠」

黒咲ノアちゃんはなぜか誇らしげだった。


「彼に出会って、あたしは変わった。肩肘を張って生きるより好きなものを好きといえる勇気を持って生きたほうが自分らしいと思った。

放課後は彼の家に遊びに行って、そこで格闘ゲームを教えてもらった。楽しかったね。いくらやっても底が見えないほど奥深い。それがメディウム・オブ・ダークネスだったわけ」


「その人って誰? 名前くらい教えてよ」恋バナを聞いて折笠さんは興味津々。


「惣次郎くん。伊達だて惣次郎そうじろう。あたしのナイト」


「そーじろー? 早漏かしら」折笠さんは眉根をあげた。


「あたしの彼ピだぞ! めっちゃ好きだった。見た目は眼鏡を外したときのうっしーとちょっと似てるかも。将来は伊達くんと結婚するって公言してた」


「ちょっと待って。彼氏がいるのに学生カップルコンプレックスになるのはおかしいじゃない。なんで同じ高校に行かなかったの?」


「それはね。彼がドイツ留学したから。あたしは操を立てるために女子校であるコトジョへ。

彼のことが忘れられず学生カップルを見るとジェラシーと拒絶反応で発作が起こる特殊体質になってしまったの。いま余命九ヶ月」


「限度があると思うけどね。頭おかしい」


「余命九ヶ月のあたしに優しくしてよ!」


「はいはい。十分に優しくしているでしょうが」


「余命が終わるまでに伊達くんが帰国すれば助かるのではないでしょうか」

村雨さんが挙手して発言した。


「それは無理だと思う。彼はドイツで行方不明になったから」


「行方不明?」


「ネオナチのテロに巻き込まれたの」


「そんな……!」


「彼が現場にいたことは間違いない。その事件のあと消息不明・生死不明」


姫川さんの衝撃の過去を知ってしまったわたしたち。


「もしカルマというものがあるとしたらあたしは前世で一〇〇万人殺したのかもしれない」


姫川さんは視線を落とした。自責と悔恨に満ちた苦渋の顔である。


「おいで。ヒメ」


折笠さんは両手を広げ、飽満なお胸を解放した。姫川さんの顔が埋もれるくらい彼女を抱きしめる。その光景は女神が幼子を抱擁している彫刻かと錯覚した。


「ヒメ。ごめんね。いままでひとりで抱えてきたんだね。泣いていいんだよ」


「やめてよ。みんなの前でっ……泣きたくないんだから……」

彼女のハスキーヴォイスが震えている。


「陳腐な言葉でこの世界に生まれたことや、わたしたちが出会った奇跡を冒とくしないで。赤ちゃんが裸で生まれてくるのはなんのためだと思う? この世界で幸せになるため。前世の行いで幸せになれるかどうか定められているなんて、わたしは許さない。神さまが決めたことでもね。わたしと神さまとどっちを信じるの?」


「詩乃に決まってんじゃん!」

姫川さんの涙声は嗚咽にさえぎられて聞き取れなかった。


わたしも彼女を抱きしめたい! 女としての本能が暴発しそうだ。それはこの場にいる女性全員のシンクロニシティだった。


護国寺先生はわたしたちに背中を向けた。彼は生徒を愛護する人だった。


「おれは隣の部屋に行く。女の子同士なら、泣いても恥ずかしくないだろう」


姫川さんの肩が小刻みに震えている。師弟愛が彼女の涙腺を崩壊させた。彼が退室すると彼女は泣き崩れた。


Яヤー любилリューヴィルегоエゴ большеボルシェ всехヴェーシックス

(あたしは彼を誰よりも愛していた)


「ヒメ!」


わたしたちは駆け寄って泣いた。女子高生五人の慟哭は隣の部屋まで聞こえていただろう。姫川さんが子どものように泣きじゃくる姿を見せたのはこれが最初で最後だった。



三〇分後、これ以上泣くと生命の危険があると自律神経が判断したわたしたちは涙がとまった。護国寺先生を部屋に迎えた。彼になら、泣きはらした顔を見られてもいい。みんな同じだ。


「話がまとまったようだな。全員一致でプロゲーマーは目指さない。部活動として好きな格闘ゲームをやりこむ。それでいいな」


「みんな! 今日があたしたちの結婚式だ! 大好きなゲームをとことんやりこもう! えいえいおー!」

姫川さんが発揚して意欲に燃えている。


全員変なテンションになっていた。意味不明な宣言に同調して声を張り上げた。


『えいえいおー!』


先生の提案で集合写真を撮った。女子メンバーはメイクしなおしてから(笑)


「ほら、先生! 中央に入って!」


「主役はおまえたちだ」


「いいから! 先生あってのあたしたちなんだから」


「そうですよ。牛若丸に対する弁慶です。尊敬する田中芳樹先生の『銀河英雄伝説』で例えるならローエングラム伯ラインハルトに対するジークフリード・キルヒアイスです」

村雨さんが博識なところを披露する。


「おれに対する死亡フラグじゃないよな」


タイマーをセットしてみんなはにかんで写真に写った。姫川さんはシャッターが切れる直前で護国寺先生の腕をつかんだ。びっくりした先生だけがぎこちない顔。


このときの写真はいまもなおわたしの部屋に飾られている。



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