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第59話、クワンの懇願


 思い返せば、クワンは殺されそうになる度に逃げたり、それが叶わない時は、命乞いに終始した。それだけ死にたくないのだろう。その光景がありありと思い描けるラトゥンだった。


「だが、魔女は許さなかったのか」

「魔女が許さなかったのは、仲間が不始末をやらかしたからじゃない。彼女は、ルールに厳格だ。そしてそのルールを無視したから、私は呪いをかけられた」

「ルール?」


 ラトゥンは、ギプスを見る。初耳だったらしくドワーフは首を振った。


「どんなルールじゃ?」

「私たちが破ったルールは、隠れ家の前の化け物――魔女は門番と言っていたが、それと戦わずに家に入ったことだ」

「化け物!」


 ギプスが怖い声を出した。


「あれを躱したのか!?」

「三人ほど犠牲になったけどな。その間に、私たちは隠れ家に駆け込んだ。その結果、魔女からはルール違反を咎められ、私は呪いをかけられた」


 クワンは唇を噛んだ。


「『次は、ちゃんと門番を倒してからきなさい』って言われて、谷の入り口まで飛ばされた。それで、このザマ」

「……」


 ラトゥンは、改めてギプスを見やる。


「魔女のルール」

「あの化け物と、決着をつけんといかんようじゃのう」


 ギプスは自身の顎髭を撫でた。


「どうしても勝てそうにない場合は、避けて通る方法も考えておったが……それはすっぱり忘れたほうがよさそうじゃな」


 せっかく魔女のもとに辿り着けても、ルール違反で、願いを叶えてもらえないのでは、行く意味がない。


「ちなみにじゃが、門番とやらは、あの巨人でいいんじゃな?」

「巨人……ああ、たぶんそれだと思う」


 クワンは首を傾げる。


「巨人、うん、言われてみれば巨人っぽいか。体格とか――」

「そこで悩んでしまうのなら、まず間違いなかろうて。異様な姿をしておるからのぅ」

「爺さんも、あの化け物を知っているのか?」


 まあな、とギプスは答えた。エキナは眉をひそめる。


「巨人、ですか」

「べらぼうにデカい化け物での。白い毛むくじゃらで、手足が二本ずつある。踏まれたら地面の染みになるし、手で潰されても同じじゃな」


 ギプスは一度、魔女の隠れ家を目指した。そしてその目の前まで迫りながら、化け物に阻まれ、仲間を失い引き返している。因縁浅からぬ関係と言える。

 ラトゥンは言った。


「ギプス、あんたは案内だけでいいんだぞ?」


 魔女に用があるのは、ラトゥンである。どこにあるかわからない隠れ家の場所まで案内してくれれば、後は自力で何とかするまで。案内人であるギプスに、門番とやらと戦ってもらうつもりはない。


「いや、わしも行くよ」


 ギプスは、机に肘をついて、熱い息を吐いた。


「わしにも、魔女に叶えてもらう事があるからのぅ」

「……そうか」


 ラトゥンは杯に残った最後の一口を呷る。クワンは眉間にしわを寄せた。


「本当に行くつもりなんだな。魔女のもとに?」

「そのために、ここにいる」


 その言葉に、エキナは頷き、そしてギプスも納得するように小刻みに頭を動かした。


「な、なあ……私、おれも連れて行ってくれ」

「一人称を統一しろ」


 ラトゥンは面倒くさいと言わんばかりの顔になった。


「何故、お前を連れていかないといけない?」

「おれは、元の姿に戻りたいから」


 それはさりげない一言だったが、ラトゥンの胸にすっと染み渡った。彼自身、体に暴力が浸透し、悪魔となっている。そこから元の人間に戻るために、魔女の力を頼ろうというのだ。

 期せずして、ラトゥンとクワンは、それぞれが取り戻したい体というのを持っている。そうなると、ラトゥンはわずかながらの同情心を抱いた。気持ちがわかるだけに、他人事とは思えない。


「助ける義理はないんだぞ」

「何でもする! 女に戻れたら、あんたに抱かれてもいい」


 まっ、と食堂の女将が聞いていたらしく反応した。今の姿だと男同士のあれにしか見えない。エキナが笑みを浮かべつつ、口元を引きつらせた。


「ラトゥン、これはさっさと自警団に突き出しましょう」


 そういう彼女も、ラトゥンと行動を共にしたいと行った時、同じようなことを言っていた。それを棚上げして、少々お怒りのようなのである。これも女心というものだろうか、ラトゥンは首をかしげるのである。

 ギプスは言った。


「自警団や領主の軍に引き渡されたくないだけじゃろ。魔女の隠れ家に行く道中、隙をみて逃げ出す気じゃぞ」

「信じてくれ! おれの、元の姿に戻りたいって気持ちは本物だ!」

「信じられるかい。じゃったら、何で団の連中を連れて、もう一度魔女の家に行かなかったんじゃ?」


 正論をぶつけるギプス。しかしクワンは断言した。


「盗賊団の連中を連れて行っても、門番に勝てないだろ……。あれはそれだけの化け物だった。だけど、旦那の強さなら、あの化け物だって……。なあ?」

「どうします、ラトゥン?」


 エキナは半分投げやりに聞いてきた。クワンの言い分を信じるのか否か。



  ・  ・  ・



 クワンを自警に突き出すのか、それとも魔女の隠れ家までの道中に連れていくのか。

 本人はもちろん、後者を希望しているが、エキナとギプスは反対した。ただ命が惜しいだけで信用できない、というのが二人の意見。


 捕まった盗賊は、強制奴隷か縛り首。まともな神経ならば、どちらもお断りだから、クワンが必死になるのもわからないでもない。


 ラトゥンにしても、クワンの言うことを信用しているわけではない。ラー・ユガー盗賊団の幹部。命乞いをしないと生き残れない立場なのは想像がつく。

 結局、ラトゥンが下した結論は――


「おはようございます、ラトゥンさん。……おや、一人増えたんですか?」


 朝食の後、顔を合わせたカッパーランドは、ラトゥンたちと一緒にいるクワンを見て頷いた。


「俺たちと行き先のことに詳しいらしくてな、ガイドとして雇った」

「初めまして、クワンと申します」


 クワンは席を立つと、品のある礼の姿勢を取った。粗野で暴力的な盗賊をまったく感じさせないそれ。これはご丁寧に、とカッパーランドも商人らしく答礼で答えた。


「……別にこれはこっちの都合で雇ったわけじゃないから、ドーハス商会はこれにお金を出さなくてもいい」


 ラトゥンはそっけなく告げた。エキナとギプスは、微妙な表情で顔を見合わせる。

 ともあれ、同行者が一人増えた。

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