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第60話、崖の間を走る街道


 ドーハス商会の隊商は、シュレムの村を出た。

 目指すはパトリの町……なのは、ドーハス商会であり、ラトゥンたちは、紅の魔女のいる隠れ家が目的地だ。


 高き山々が連なるグレゴリオ山脈、手前の麓近くにパトリの町があるので、引き続き、隊商の道中の護衛を務める。


 車の雰囲気は、正直よくなかった。ラー・ユガー盗賊団の幹部だったクワンが加わったからだ。

 ギプスは、いつも以上に険しい顔をしていて、エキナもまた疑いの眼差しを隠さない。当のクワンは荷台の端にいて、後ろの監視役をやっている。


 二人とも、盗賊の同行によい顔をしていない。だがラトゥンについてきているという立場上、そのラトゥンが認めたのなら文句も言いようがなかった。それはとても歯痒いことだろう。


 不毛な土地が続く。喉が渇くのは、車内の気分の問題だけでなく、大気が乾いているせいか。街道は、グレゴリオ山脈のそばを通る。切り立った崖がそびえ、それが細長い回廊のようでもあった。

 盗賊団は潰したから、道中安心かと言われると、そんなこともなく、隊商は襲撃を受けた。


「ロックエイプども!」


 ギプスが怒鳴る。


 崖の上から、石を投げつけてくるのは、黒い毛むくじゃらの猿人。岩山に棲み、通りかかる人間や動物を襲う。

 その知能は、ゴブリンとどっこい。つまり、狡賢い。


 人とまともに会話できるわけではなく、何か文明の利器を保有しているわけでもない。せいぜい、殴りやすそうな骨を武器にしたり、今のように石を投げつけてくる。


「半端に知能があるから、面倒なんだよなぁ」


 クワンが他人事のように言った。幌を突き破って、石が飛び込んできて、素早く足を引っ込める。


「危ないなぁ。投石だって、当たったら人間なんて簡単に死ぬんだ」


 たかが石ころ。されど石ころ。硬いだけあって、頭に当たれば危ない。切れば血も出るし、高速の石は、頭蓋を陥没させたり、骨を砕くこともある。


「ギプス!」


 ラトゥンは運転席に寄る。


「運転代わったら、ロックエイプを銃で撃てるか?」


 手の届かない高所からの攻撃とあれば、射撃武器や魔法の出番。隊商のほうで魔術師が一人いるのか、投射魔法を使っていたが、敵に届いているのか非常に怪しい。焼け石に水のような気がしないでもない。


「難しいのぅ!」


 ギプスは答えた。


「角度があり過ぎる。撃つだけならやりようはあるが、当てるとなると、ほぼほぼ無理じゃ」

「ほぼ無理か」


 石が飛んできて、ラトゥンは暗黒剣を軽く動かして、直撃を避けた。当たった衝撃が中々に重い。


「わしの機関銃は、銃身の下の二脚で固定することで安定して連射ができる。それだけ反動が強いということじゃ」


 ひょい、とギプスが頭を引っ込めた。


「手だけで保持して撃つのも、わしくらいならできるが、それを上に向けるとなると途端に難しくなる。要はバランスがとれんということじゃ。真上に向かって撃った瞬間、反動でひっくり返るかもしれん」

「それは……危ないな」


 ラトゥンは、左手を上――崖から石を投げつけてくるロックエイプに、ライトニングスピアの魔法を撃ち込んだ。


 ――当た……ったか?


「嬢ちゃんはどうじゃ?」


 ギプスが聞いた。


「主も銃を使えるじゃろう?」

「わたしのは処刑技なんで、一定の範囲外の敵は狙えないんですよ!」


 エキナは自身の頭の上に、断頭台の刃を持っていた。盾代わりというやつで、時々、石が当たって金属音を響かせた。


「ぬぉお、わしの車の屋根がボロボロじゃあ!」


 まったく遠慮の欠片もない猿人たちである。人間は食べ物を持っているから襲う――変に知識をつけた獣はこれだからいけない。


「なーぜ、止まるんじゃっ!?」


 ギプスが正面に向かって声を荒らげた。相当苛立っている。

 前を行くドーハス商会の馬車が停止し始めた。馬に当たったのか、それとも馬車の中のほうも相次ぐ投石で死屍累々の有様か。ギプスもまた前が塞がっているから、車を止めざるを得なかった。


「ここは一気に駆け抜けんと被害が大きくなるだけじゃぞ!」


 確かに――ラトゥンは、電撃魔法を撃ち込みつつ、ギプスの指摘に同意する。後ろからクワンが言った。


「ヤバいのかい?」

「見てわかるじゃろう!?」

「わからないから聞いてるの。……で、どうするの。逃げるの?」


 あまりに関心の低さを感じる軽い調子のクワンに、エキナは目を剥き、ギプスも苦い顔だ。


「逃げられるかい! そういうお主も、何かないのか、飛び道具とか?」

「おれの装備見てよ。ナイフしかないよ。そもそもおれ、戦闘要員じゃないんだよ」


 ぐぬぬ、という顔をしたギプスだが、そこでふと閃いた。


「戦闘要員ではないと言ったな? ならばお主は補助要員じゃろう。わしを手伝え!」

「いいけど、何をすればいいのさ?」

「対空射撃をやる。お主はそれを支えるんじゃ」


 ギプスは機関銃を引っ張り出すと、銃身の下にある二脚を伸ばした。普段はそれを地面に当てて、連射時の姿勢を安定させる。


「こっちへ来い。二脚を持って……そんで、わしが――」


 ギプスはクワンに二脚をそれぞれ持たせると、万歳するように腕を伸ばさせた。そして自分は車体に仰向けに横になり、機関銃の銃口を崖の上の方へ向けた。


「この姿勢、結構きついんだけど?」

「我慢せい!」


 腕は伸ばせど、基本屈みに近い格好にクワンが悲鳴を上げれば、ギプスは起き上がった。


「ほれ、膝立ちでいい。腕は上に伸ばせ。……ようしそれでいい」


 ドワーフゆえ、クワンとの身長差から、それでようやくポジションが落ち着いた。クワンを二脚の支え係にすることで、重い機関銃の銃口を上に向けやすくするという策。


「しっかり踏ん張っておれよ。わしも連射はしないようにする。……間違っても手を離すな」

「猛烈に嫌な予感がする……。なあ、これやめにしな――」


 機関銃の発砲に、クワンの声が途切れた。両手を挙げて銃口から頭を離しているとはいえ、近くであることにかわりはなく、クワンは凄まじい顔になった。


 だがその尊い犠牲によって、崖の上から猿人が一体落ちてきた。ギプスの単発射撃は、的確に敵を狙撃したのだ。

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