「耳元でぶっ放すなんて!」
クワンは自身の頭を両手で押さえながら、ギプスを睨んだ。
「石をぶつけられて死ぬのとどっちがよかったんじゃ?」
ハンドルを握るドワーフは笑った。
ロックエイプの襲撃をくぐり抜けて、ドーハス商会の馬車、そしてラトゥンたちを乗せた車は、街道を走る。
ギプスの機関銃で、ある程度撃ち落としたら、ロックエイプは逃走した。さすがに全滅するまで戦うような気概があるわけではなく、何体か倒されたら、自分たちが決して安全な場所にいるわけではないと察して、引いたのである。
普段はやらない頭上への射撃は、クワンという支えがあった故のことであり、自称非戦闘員である彼は貢献したが、耳元で機関銃を撃つのはそれなりにダメージであった。
できれば二度とやりたくない、というのがクワンの弁だが、まだまだ道の両側は崖に挟まれていて、上方の警戒は必須である。
「あーあー、幌がボロボロになっちゃってまぁ……」
クワンは恨めしそうに、天井に空いたいくつもの穴、そこから差し込む光を睨んだ。
「これで雨でも降ったら、大変なことになりそうだ」
「嫌なことを言わないでくださいよ」
エキナが文句を言った。
「言葉には力が宿るんです。そういうことを言うと、本当にそうなっちゃんですから」
「雨が降るで、本当に雨が降るんなら、雨乞いの儀式なんていらないだろ」
クワンがたしなめるように言えば、エキナは反論する。
「いえ、雨乞いするから雨が降るんです。言葉には力があるんですよ」
「降らない時だってあるだろう? 何でも言葉通りなら、おれも含めて、もっと人生楽に生きられると思うがね」
むっとした表情を浮かべるエキナ。してやったりな顔のクワン。聞いていたラトゥンは口を開いた。
「言葉にも本気度ってものがあるんだろう」
口に出したとて、本気にしていない言葉と、起こるかもと予感して言うのでは、力の作用も異なるのではないか。
「魔法だってそうだ。本気で使おうとして発する言葉と、日常で口にした同じワードでは、前者は魔法が発動し、後者は発動しない。そういうものだ」
「そういうもの、ねぇ」
クワンは改めて天を仰いだ。エキナも顔を上げる。
「……何か、微妙に雲が多くなっていません?」
「気のせいだろう。気のせいだよ、きっと」
クワンは否定的だが、ギプスは肩を揺らした。
「残念ながら、きそうじゃのう、雨」
「そうなのか?」
ラトゥンが尋ねれば、ギプスは言った。
「風が、水気を含んでおる。通り雨じゃと、いいんじゃがなぁ」
「……対策はあるか?」
「幌の替えがある。じゃが、できればここを抜けるまでは、使いたくはなかった」
「何故だい、ドワーフの旦那?」
クワンが聞く。
「あんただって、自分の車が水浸しになるのは嫌だろう?」
「また岩猿どもが出てきたら、新しいのに替えても、穴を開けられるからな。予備は一枚しかないんじゃ」
「それはそうだ」
慌てて交換しても、雨より先に、ロックエイプに投石されては、元の木阿弥だ。
「他に対策は?」
「桶でも並べておくか?」
「わたしたちの座る場所がなくなりそうですね……」
エキナはいくつも空いた穴を見上げて、渋い顔になる。
「抜けるのが先か、雨が来るのが先か……」
ギプスが呟けば、エキナはクワンを睨んだ。
「いやいや、おれが雨を呼んだわけじゃないからな! 睨まないでくれよ」
「なあ、ギプス。天板なんてどうだ?」
ラトゥンは魔法で板を作る
「これの大きなやつを、幌の天井に置くとかさ」
ギプスはちら、と一瞥する。
「その天板が落ちないような細工か、あるいは置いている間、車を動かさなければ、いけるかも」
そのままでは、車の振動でずり落ちるという答えだった。確かに街道とはいえ、ないよりマシ程度の状況で、石やらも結構散らばっているので、揺れは小さくない。
悪くないと思ったのが、所詮は素人の思いつきだった。ラトゥンが心なしかがっかりすれば、ギプスは首を振った。
「お主、妙な魔法を使うのぅ。板を作る魔法なんぞ、聞いたことないわ」
「ラトゥンの旦那はバリバリの戦士スタイルなのに、魔法が使えるんだな。魔法戦士? ちょっと意外だ」
クワンも同意するように言った。
それもこれも、暴食が喰らった敵から獲得した技の一つである。人間だった頃は、魔法は専門外だったが、暴食になってからは魔術師系の敵を倒し、取り込むことで、かなり広い範囲の魔法が使えるようになっていた。
「まあな」
ラトゥンは、暴食のことを明かしていないので、曖昧にするしかなかった。
・ ・ ・
『お前から連絡してくるとは珍しいな、モリュブ・ドス卿』
遠く王都にいる守備隊長のカルコスからの念話を受けて、モリュブ・ドスはフードの奥で、自然と笑みを浮かべた。
「いやなに、このオレ様が死にかけたからねぇ。ちょっとばかり報告しないといけない事態ってやつだ」
『お前が死にかけた?』
カルコスは怪訝そうだった。モリュブ・ドスは自身が刺された部位を自然と撫でる。ラー・ユガー盗賊団を壊滅させた独立傭兵――ラトゥンに討たれたはずのモリュブ・ドスは、実は死んではいなかったのだ。
「あまり大きな声で言いたくはないがね、独立傭兵にやられたのよ。そんなことよりもだ。……ラー・ユガーがやられた」
『ラー・ユガー……? 何だったか? あー待て、お前が面倒を見ていた盗賊団だったか、モリュブ・ドス卿』
「思い出せたじゃねえか。偉い偉い」
『……切ってもいいか』
念話のカルコスは機嫌が悪そうだった。モリュブ・ドスは笑う。
「まあ、最低限のことは伝えたし、切りたければどうぞ」
『……他に何か話があるのか、モリュブ・ドス卿?』
「呼び戻される前に、後始末をしないといけないんでね。一応、その始末をつけるまでは戻らない、いや戻れない、だな。そういうこと」
ラー・ユガー盗賊団の頭目であるラー・ユガーは、その独立傭兵と行動を共にしている。モリュブ・ドスは刺されてしばらく意識を失っていたからわからないが、何故、ラー・ユガーが独立傭兵といるのか、これもわからない。見たところ、捕虜というわけでもなさそうなのが、余計に事態をややこしくさせる。
聖教会と盗賊団の関係をバラされる可能性、あるいはバラされた可能性を考えると、放置もできなかった。
『わかった。まあ、健闘を祈っておいてやるよ、モリュブ・ドス卿』
「どうも」
上から目線の嫌な奴との念話を切ると、モリュブ・ドスは身震いした。先ほどから降り始めた雨で、フードもマントも重かった。