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第65話、目に見えないもの


 石レンガの町。ラトゥンは初めて訪れたパトリの町にそんな印象を持った。

 白に近い石レンガの外壁や建物。昼間の日差しに反射して、少し眩しく感じる。全体的に小綺麗な雰囲気だ。


 一方で、町の日陰の至るところで、人が横になっている姿が散見された。ラトゥンは苦笑する。


「ここでは木陰で昼寝するのが、日常なのか?」

「どうかのぅ」


 ギプスは目を回してみせた。


「前に来た時は、こんなんじゃなかったんじゃがな……。まあ、だいぶ前の話だし、今の流行とか言われたら何も言えんが」

「ちょっと、そんなノンビリした雰囲気ではなさそうですよ」


 エキナが顔を覗かせた。


「具合が悪そうです」

「体調不良ってやつか?」


 言われてみれば、休んでいる者たちは顔色が悪かったり、ぐったりしているようだった。人によっては同じく住民に介抱されている姿もあった。


「集団食中毒か? ……いったい何が起こっとるんじゃ」


 尋常ではない光景に緊張感が高まる。しばらく町の中を移動し、やがてドーハス商会の隊商は止まった。カッパーランドが部下たちに荷物の指示をした後、ラトゥンたちの車へやってきた。


「ここまでありがとうございました。おかげ様で、無事に町まで到着できました」

「よかったな」


 ラトゥンが応じると、カッパーランドは頷いた。


「報酬をお持ちします。……このまま護衛を続けてくださるなら、倍の金額を出しますが」

「悪くない話だが、俺たちは俺たちで目的地がある。すまんな」

「いいえ。こちらこそ無理を言ってすみません。……では、少しお待ちを」


 そう言うと、カッパーランドは建物に入って言った。ラトゥンは待つ間、辺りを眺める。


「ここでも具合の悪そうな奴が多いな……」

「病が流行っとるのかもしれんの」


 そういうと、ギプスはスカーフらしき布切れを出すと口元をそれで覆った。


「ちょっと遅くないか?」


 ラトゥンの突っ込みに、ドワーフは首を横に振った。すると車の後ろから『大丈夫ですか?』とエキナの声がした。


「どうした?」

「クワンさんが、具合が悪いって――」

「何か、腹がね……」


 クワンが自身の腹をさすりながら、その場に寝転がった。

「周りの雰囲気にあてられたのかと思ったけど……もしかしたら、ヤバいかもしれない」


 ひょっとして、ギプスの言うとおり、町で伝染病が流行っているのだろうか。運転席から後ろを覗き込むドワーフが言った。


「うつるにしても早過ぎるぞい。……お主らは大丈夫なのか?」

「俺はいつも通りだ」


 ラトゥンは、エキナに視線を向けると、彼女も怪訝な顔で答えた。


「わたしも、何ともないです。……今のところは」


 それはよかった――しかし、身内に病人が出たのはよろしくない。


「軟弱者めが」

「ギプスさん」


 ダメですよ、とエキナが、ギプスをたしなめた。ラトゥンは車を降りる。


「ちょっと聞いてみるか」

「ラトゥンさん、お待たせしました」


 カッパーランドが戻ってきた。報酬の入った袋を手にやってきた彼と、中身を数えた後、護衛契約の終了を確認した。


「本当にありがとうございました。またどこかでご縁がありましたら」

「その時は頼む。……大丈夫か?」


 ラトゥンは、カッパーランドが心なしか顔が青ざめているのを感じた。


「ええ、少し気分が。……ちょっと疲れているのかもしれません」


 昨日の悪魔との遭遇が、かなり精神的にきていたのかもしれない。特にカッパーランドは、ラトゥンが槍を投げ返した場にいたので、悪魔が襲ってきたらと夜の間も、強い緊張にさらされていたに違いない。


「早く休んだほうがいいかもしれないな。……そんな時に聞くのも何だが、町の様子が少しおかしいようだが」

「ええ、今朝から体調を崩す人が続出しているようで……」


 カッパーランドは、つい今し方、聞いてきた情報を明かした。それによると、昨日までは何もなく、町の住人たちも伝染病などの病気が発生したという認識はないようだった。


「だが、現に具合の悪そうな住人が出ている」

「そうです。もしかしたら、私たちはとんでもないタイミングで着いてしまったのでは――」


 そこでカッパーランドが咳き込んだ。背中を丸め、何かを堪えようとする顔になる。ラトゥンはとっさにカッパーランドの背中に手をあて、さすった。


「大丈夫か?」

「うっ、うぅ――おえぇっ!」


 嘔吐した。ボタボタと道の端で吐いてしまうカッパーランド。彼だけでなく、ドーハス商会の者たちは、近くの物に身を預けたり、ぐったりしていた。



  ・  ・  ・



「何かが起きている」


 車の荷台で、ラトゥンは、エキナ、ギプスを交互に見た。なおその真ん中で横たわっているクワンは、服ごしにお腹をラトゥンにさすってもらっている。


「住人が次々に倒れている。症状としては腹痛や疲労感、嘔吐などなど――」

「何じゃろうな?」


 マスクをしたままのギプスは首を捻る。


「発疹など、わかりやすい何かが出ているわけではないし……。風邪というわけでもなさそうじゃが」

「熱はなさそうですもんね」


 エキナも心持ち、眉をひそめる。


「でも何かしらの病が流行っている、流行りはじめていると思います」

「早々に町を離れたほうがええ」


 ギプスは告げた。


「わしらはまだ感染っておらんが、ここにおったらどうなるかわからんぞ」

「発症していないだけで、もう感染っているかもしれないぜ?」


 ラトゥンが言えば、ギプスは目を細くした。


「やられてたら、すぐに異常として出るじゃろう。……そこの盗賊みたいに」

「かなり早い段階で、発症するみたいですもんね」


 エキナは顔を上げた。


「でもそれなら、どうしてクワンさんは感染して、わたしたちは大丈夫なんでしょうか?」

「わからん。体の鍛え方が違うんじゃないか?」


 ギプスは遠慮しなかった。そんな簡単なものかと、ラトゥンは首を振る。


「まあ、長居してもいいことはなさそうだ。ギプス、移動の準備だ。――お前は何で俺の手をとるんだ、クワン?」

「……旦那、そのままさすってくれる? だいぶ楽になってきたんだけど」


 クワンが弱々しく、しかし一時よりマシな顔色になりつつあった。


「それは俺が治癒の魔法をかけたからだ」


 左手から治癒の魔力を流し込んだ。今まで暴食が喰らった治癒術士か、教会の神官戦士とかの魔法だろうと思う。

 エキナがニコリとしながら口を開く。しかし目は笑っていない。


「あまり酷いようなら、この人、置いていきましょう。病人にこれ以上の旅は無理でしょうから。……自警団に突き出したら、旅費のたしになるかもしれませんねー」

「あー、もう大丈夫。いや、まだだけど、だいぶ楽になった。うん、大丈夫」


 クワンが元気を装う。完治したわけではないのだが、よほどエキナの脅しがきいたらしい。

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