目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第66話、奇病の町


 町を出ようと、車で移動するラトゥンたちだが、門は閉じられていた。

 何人かが門に集まっていて、パトリの町の警備兵と何やら揉めている。


「嫌な予感がしてきた……」


 ラトゥンが呟く横で、ギプスがブレーキを踏んで車を止めた。


「これは、あれじゃな。町を封鎖しておる」

「何でですか?」


 エキナが聞けば、クワンがお腹をさすりながら言った。


「そりゃ、妙な症状の病気が、この町で流行っているからだろう。……外からこれ以上、人が入ってこられないようにさ」

「わたしたち、出れないんですか?」

「封鎖しているってことは、そういうことだろうよ」


 クワンが横になった。


「この町としても、これ以上、余所から人が入って、町の物資を消耗したくないんだろうさ」

「後は、この町から感染者を外に出さないようにするためとか」


 他の町にこの奇妙な病を流行らせないために。伝染病ならば、早めの隔離も必要となる。


「しかし、参ったのぅ」


 ギプスは髭を撫でた。


「わしらも町から出れないとなると、感染するかもしれん」

「もうしてるんじゃない」


 クワンが手を振った。


「おれみたいにさ。ラトゥンたちも、発症していないだけで、もう手遅れかも」


 警備の兵にしろ、町を離れようとしている者たちにしろ、体調不良者が出ているのか、門近くでも横になっている姿を見かける。


「駄目もとで交渉してくるか?」

「望み薄そうじゃけどもな。……ほれ」


 ギプスが指さした先には、派手に問答になったのか、警備兵に拘束され詰め所へ連行されていく旅人らしき者がいた。まだ何やら喚いている。


「……まあ、話を聞くだけ聞いておこう」


 ラトゥンは車から降りた。


「情報収集は基本だ」


 歩いて門へと近づく。首を振りながら引き返す商人らしき男とすれ違う。

 厚い金属の門は、ちょっとやそっとの力ではどうにもなりそうない堅牢さを誇示している。暴食の力なら通用するだろうか、とラトゥンは思った。


 門番は、近づくラトゥンを見て、ため息をついた。またか、と顔に出ている。いつもと違う時間から門を閉めて、もう何度も同じ説明を繰り返していたのだろう。


「どうも、ご苦労様」


 ラトゥンは、散歩中の挨拶とばかりの気さくさで声をかける。


「まだ閉門の時間ではないと思うんだが、何かあったのか?」

「知らんのか? 町で妙な体調不良が流行っている。どうも病気らしいから、はっきりするまで、町を封鎖するって町長からの命令が出たんだ」


 俺のせいじゃないぞ、と言いたげな門番。あくまで命令でやっているというアピールで、無用な反感を押さえ、あわよくば同情を誘うやり方。


「命令か。……それは仕方ないな」


 ラトゥンも物わかりのいい男を演じる。


「それで町で具合が悪そうな奴が多かったわけだ。――あんたは大丈夫か?」

「お陰様でな。……そっちから心配されたのは初めてだ」


 苦笑する門番。ラトゥンは肩をすくめる。


「町の治安を守る仕事は立派なものだ。もっと褒められて然るべきだ」

「嬉しいことを言ってくれるね。そういうあんたは?」

「独立傭兵だ。ドーハス商会の隊商の護衛でこの町にきたんだがね。さっきまでは通れたんだけどね」

「ああ、間が悪かった。一日早ければ、普通に出れたし、あるいはもう少し遅くくれば、町に入れず、ここで足止めされずに済んだ」


 気の毒に、と門番は首を横に振った。ラトゥンは頷いた。


「間が悪かった。この封鎖、長くなりそうか?」

「わからん。こちとら末端だから、詳しい話も中々下りてこない。わかっているのは町で病人が増えているが、何が原因なのかわからないってことくらいか」

「わかっていることが、わからないことなんてな」

「傑作だ」


 門番は笑った。しかしすぐに真顔になる。


「早く原因がわかって、対処できるといいんだが……。今のところ死人は出ていないようだが、ここから悪くなる可能性だってある。俺やあんたも、今は元気でも明日にはどうなっているかわからん」

「……そうだな」


 ラトゥンは同意した。


「いや、ありがとう。あんたも体調には気をつけてな」

「お互いにな」


 門番から情報収集を終えて、ラトゥンは車に戻った。


「どうでした?」


 エキナが案の定聞いてきたので、ラトゥンはギプスに適当に車を走るよう合図してから答えた。


「町長命令で封鎖だ。わけのわからない伝染病のせいでな」

「そうですか……」

「うーむ、どんな病なんじゃろうな? 未知の病だったりするのかのぅ」


 ギプスは、ハンドルを回しUターンさせた。


「どうする? 町長の家にでも乗り込んで、交渉するか?」

「俺たち、町を出たいんですが、ってか? ……いやまあ、そうなんだが」


 謎の病が蔓延し出した町に、いつまでも留まるのは得策とは言えない。


「どんな病気なんだろうな。風邪の類いではなさそうなのはわかるが……」


 クワンはぐったりしているが、発熱はない。腹痛、疲労感、他では嘔吐の症状が見られる。


「わしは医者じゃないからの。さっぱりわからん……」

「わたしもわからないです」


 視線がエキナに向いたので、彼女も首を横に振った。


「俺の魔法も気休めみたいなもので、治せるものじゃないしな」


 ラトゥンは視線を前に向けた。


「とりあえず、このままというわけにもいかないし、町長の家に行くか」


 もしかしたら、この町で起きていることが何かしらわかるかもしれない。ラトゥンとしては、この町に長居するつもりはないから、いざとなれば強硬手段での脱出も考える。


 だが、二度とパトリの町にこられないような騒動は、できれば避けたいというのが本音だった。

 時間と共に、病人の数は増えているようなのが、車から見てもわかる。まだ出歩いている町の人間から、町長の家の場所を聞き出し、そちらへ向かう。


「……先客がいるな」


 町長の家――豪華な作りの屋敷の前には、町の住人らが十数人いて、門の前で警備員と問答をしていた。具合の悪い子供を抱えている親もいて、どうやら医者を求めているようだった。

 ギプスがラトゥンを見た。


「どうする、これ」

「どうしたものか……」


 腕を組み、しばし目の前の問答を眺めるラトゥンだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?