「まったく、面倒を引き起こしてくれますな」
パトリの町の町長ロバールは、口ひげを撫でつけつつ、来客に剣呑な視線を向けた。
「モリュブ・ドス殿」
「すまんねぇ、ちょっとばかし難敵なんだよ」
町長の執務室のソファーに腰掛け、魔術師モリュブ・ドスはヘラヘラと笑った。
「正直、すまないと思っている」
「……本当にそう思っているのですか?」
ロバールが問えば、モリュブ・ドスは、ちらりと舌を出した。
「それほどまで厄介なのですか?」
「まあ、オレが殺し損ねたといえば、理解してくれるんじゃないのかね?」
用心棒の魔術師――その正体は聖教会に所属する大悪魔。それがモリュブ・ドスである。
「まさか、あんたともあろう方が仕留められなかったと?」
「そうでなきゃ、こうも大それた騒ぎにしねえよ」
モリュブ・ドスは手を振った。ロバールは窓から、表門に集まっている住民を一瞥した。
「大丈夫なのですか、この病は?」
「体の弱い奴は死んじまうかもしれねえな」
魔術師は、淡々と告げた。
「嘔吐や下痢が続けば、脱水症状とか……とかく人間の体を弱いからねぇ。……一応、救援の手はずは整えておいたぜ」
聖教会の救護団が駆けつけ、病人を治療する予定である。
「あんたの手柄にしていいぞ、町長。こっちが迷惑をかけたからな」
「それはどうも。……しかし私よりも、また聖教会の評価が上がるんじゃないですか?」
「そのつもりでやっている。オレはこれでも聖教会の悪魔だからな」
モリュブ・ドスは顔を上げた。
「それで、肝心の独立傭兵ですが……。ラトゥンでしたか?」
「そういう名前だ」
「倒せるのですか?」
「オレの呪法で、町の奴ら同様、体調不良になっているはずだ。我ながら姑息ではあるが、不意打ちの投擲を投げ返すような化け物人間が相手だからね。全力を出せないように弱らせて、片付けるさ」
パトリの町に蔓延しつつある病は、モリュブ・ドスの仕業である。何故かまだ生きているラー・ユガーと、それに接触した者たちを口封じする――そのために、町ひとつに呪法を使った。
「あれを……どう思います?」
「ん?」
窓の外を指し示すロバール。モリュブ・ドスはソファーから立ち上がり、窓の外を見やる。
「おや、噂をすれば影ってやつかねぇ。御一行様のご到着だ」
「何故、ここに連中が?」
「わかんね。何でここに――」
モリュブ・ドスは窓から離れ、考えるために室内をぐるぐると回った。
「まさか、オレの仕業だって嗅ぎつけたってか……? そんなヘマをした憶えはねえんだが」
・ ・ ・
ラトゥンは、町長の屋敷を訪ねた。門は人がいて、警備員も最初は追い返すつもりだったようだが『この病気のことで話がある』と言えば、確認のあと通された。
屋敷だけあって、中々羽振りはよさそうな内装。しかしラトゥンは、そこで微かな悪魔の臭いを嗅ぎとった。
それまではまったく考えていなかったが、途端に怪しいものを感じた。
町長の執務室に通されたラトゥンは、そこでさらに顔をしかめるのである。
「――初めまして、パトリの町の町長、ロバールと申します」
紳士然とした男は、町長であると明かしたが、ラトゥンが眉間にしわを寄せているのを見やり、怪訝な顔になった。
「どうかされましたか?」
「いや、臭ったものでね」
「臭い、ですか……?」
「少し前に、ここに来客があったのでは?」
「……わかるのですか?」
「あんたの臭いじゃないからな」
ソファーに座るラトゥン。向かいにロバールも座った。メイドが来客にお茶をテーブルに置いた。
「随分とよい鼻をお持ちだ。ええ、仰る通り、来客はありました」
「どんな奴だ?」
「旅の魔術師の方です。……ほら、今、町がこんな有様ですから」
町に流行る病気と思われる症状で倒れる住人たち。町長は感染していないようだったが、町の様子は把握しているようだった。
「治癒の魔法が使えるのか?」
「いえ。そういう術は持っていらっしゃいませんでしたが、今回の件で、ご助言を賜りました」
「なるほど」
その悪魔の臭いをまとった魔術師が、この町の町長に助言。……何とも怪しいものだとラトゥンは思った。
ロバールは口を開く。
「それで、今回の病気のことで何かお話があるとか……?」
もしや解決の手掛かりが――と期待の眼差しを向けてくる。ラトゥンは首を傾けた。
「いや、俺も医者じゃないんでね。町長は町を封鎖したが、この状況、町で独力で解決できそうなのか?」
「と、言いますと?」
「外部に救援を求める必要があるんじゃないかと思ってね。俺は独立傭兵だ。よければ、その伝令役をやってもいいと、思ったわけだ。見ての通り、俺は病気にやられていない。使いを出すなら、元気な奴じゃないと果たせないだろう」
伝令にかこつけて、町の外に堂々と出る口実作り。ラトゥンがわざわざ町長に面会を求めた理由はそれである。
「……なるほど。伝令役に志願なされると」
「こっちは商売だが、まあ状況が状況だからな。安くしておくよ」
ラトゥンは、あくまで独立傭兵として仕事を求めにきた風を装った。町長は少し考えるように、自身の顎に手を当てた。
この独立傭兵を頼りにしていいのか、その値踏みをしているようだった。やがて、町長は立ち上がった。
「失礼、用を思い出したので、少しだけお待ちいただけますか? すぐに戻ってきます」
お茶をどうぞ、と言いながら、ロバールは退出した。ラトゥンは待つ間、町長の動きを魔力で追う。
暴食の腕が取り入れた魔術師系の能力と、悪魔の感覚探知の合わせ技だ。扉や壁の向こうなど、一定範囲ならば、直接見えない、聞こえない位置でも探ることができる。
ロバールは、二つ離れた部屋に移動。そこにいた人らしきものと会う。
――こいつだ!
悪魔の臭いの主。そしてそれは、クワンが頼ったモリュブ・ドスとかいう魔術師。……生きていたのだ!
――始末したはずだが……そうか、悪魔だったか。
上級の悪魔ならば、人間ならば致命傷でも、生きていることはある。その悪魔と町長が一緒にいるということは、今回の騒動の原因は、彼らなのではないか?