モリュブ・ドスにとって、口封じ予定だったラトゥンが、町長の屋敷に現れるのは想定外だった。
一度戦い、そして死んだと思われている自分と顔合わせしたら、その場で戦闘となりかねず、屋敷内という閉所ともなれば、モリュブ・ドスにとっても望ましい場所とは言えない。
とはいえ、やってきてしまったものはしょうがない。目的がわからない以上は、様子見ということで、部屋を変えてモリュブ・ドスは息を潜めた。
気配を消すことは慣れている。まず気づかれないだろうと考えていたら、まさかのロバールが部屋を訪ねてきた。
「すみません、モリュブ・ドス卿。ご相談が――」
「どうした? まだいるんだろう、あいつは」
「はい。それでお話なのですが――」
ロバールは話し始めた。ラトゥンたちは、パトリの町を出て近隣の町への救援の伝令に行ってもよいと申し出たのだという。
「救援自体は、聖教会へ手配されたんですよね?」
「そう言ったぜ?」
「そこです。つまり、すでに救援要請は出ているので、申し出を断ることもできるのです」
「じゃあ、そうすればよくないか?」
「よろしいんですか?」
ロバールはの眼が鋭くなった。
「このまま彼らを町に閉じ込めたままで。伝令として町の外に出たところを始末もできるのでは?」
そもそも呪法にかかっていない様子なので、無理に町に閉じ込めても効果はないのでは、とロバールは指摘した。
「……病にならないのか」
「今のところ元気な様子です」
「ちぇっ、普通はかかるもんなんだが」
モリュブ・ドスにとって、これは誤算だった。よほど強い耐性があるのか、呪いも跳ね返す加護を持っているのか。
「オレの策が上手くいかなかったってことか……」
そうなると作戦を練り直す必要がある。腕を組むモリュブ・ドスだが、ロバールは部屋を出ようとする。
「待たせているのでもう行きますが、申し出は断る方向でいいですね?」
「う、ん……それでいいだろう」
悩みつつ、とりあえずはモリュブ・ドスはそう返した。
ロバールは執務室に戻り、伝令の件はすでに出してあり、聖教会のほうで救援を出してもらえることになっていると伝えた。
やがて、ラトゥンは立ち去った。
・ ・ ・
「どうじゃった?」
車で待っていたギプスが問えば、ラトゥンは車を出すように言った。
「もうすでに聖教会に救援を出したそうだ」
「聖教会に、ですか?」
エキナが後ろで眉をひそめた。ギプスは、彼女の声音から、怪訝になる。
「何か問題があるのか? 聖教会は、こういう時助けてくれるもんじゃろう? ん?」
「……」
ラトゥンとエキナは顔を見合わせる。事情を知らない者からすれば、町長が聖教会に助けを求めるのは自然なように映ったが、二人にとっては違う。
さらに――
「ドワーフの旦那は、何も知らないのかい?」
クワンが横になったまま手を振った。聖教会と盗賊団が繋がっていて、その悪事を知る者である。しかしギプスは知らないのだ。
「何がじゃ?」
「聖教会なんて、そういいものじゃない。今回のこの町の病だって……もしかしたら聖教会が一枚かんでいるかもしれない」
――お、鋭い。
さすが内情を知る者だと、感心するラトゥン。
「聖教会が、この病気と関係あるじゃと? なぁにを馬鹿な――」
「それがそうでもないんだ」
ラトゥンは淡々と告げた。
「人々が思っているほど、聖教会はいいものじゃない」
「そっ、おれら盗賊とも裏で繋がっていたくらいだからな」
クワンの援護射撃に、ギプスが声をあげる。
「盗賊と、聖教会が!? 馬鹿を言うな!」
「それがそうでもないんだ」
ラトゥンは繰り返した。ギプスはますます顔をしかめる。
「お主ら、何を知っておるんじゃ?」
「世の中知らないほうが幸せに生きていけることについて」
聖教会が悪党の集まりであったとして、しかし悪魔の巣窟であることについて、軽々しく話すことは躊躇われた。今ならギプスは、ただのドワーフの運転手で済むが、真相を知れば悪魔たちから狙われる対象になるだろう。
「なんじゃい。わしだけ除け者か」
「知れば、もう後戻りできなくなる。あんたをそれに巻き込む勇気が俺にはなくてな」
「ラトゥンは優しいですから」
エキナが口添えしたが、ラトゥンとしては『優しい』はいらないと思った。ギプスは口を尖らせる。
「わしだけ知らんのじゃな……」
拗ねたようだが、それ以上は聞かなかった。知れば戻れなくなる秘密について、それでも聞くのか、まだ覚悟が定まらなかったからだろう。
ラトゥンは、『悪魔』という部分は差し引いて、発言した。
「聖教会の救援というのも怪しい。クワンの言うとおり、この病気は聖教会の仕業で、町が封鎖された可能性もある。ヘタすると管理できなくなったから住民を皆殺し。……世間には強力な伝染病が発生して、それを浄化したとか発表するとかも、有り得なくない」
「まさか、そんな……」
ギプスは絶句する。まさかそこまで、という顔だが、後ろで聞いていたエキナとクワンは驚かなかった。可能性はあると思ったからだ。
「たまたま居合わせただけで、処分されるのは勘弁だな」
「……」
「どうします、ラトゥン?」
エキナが問うた。
「長居してもろくなことがないからな。……ここは、連中の応援が来る前に町を脱出するべきだと思う」
できれば穏便に町を出たいところだが、町長の屋敷に聖教会とグルの魔術師であるモリュブ・ドスがいたところからして、様子見の段階は過ぎた。
あれが生きていたとなれば、ラー・ユガーと聖教会の繋がりを暴露されまいとクワンを口封じするだろうし、それと一緒にいるラトゥンたちも標的になりえる。何せ一度交戦し、殺したはずだったから。
だが、脱出するにしても、あの魔術師を放置もできない。暴食と関連付けはされていないだろうが、独立傭兵としてのラトゥンが、聖教会にマークされるのも避けたい。今の姿も、わりと気に入っているのだ。