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第69話、どちらが先に仕掛けるか


 町は外壁に囲まれている。だからそのまま歩けば出られるというわけではない。

 これが辺境の村であったなら……柵などがあって、徒歩ならともかく、車は難しいかもしれない。


「それで、ラトゥンの旦那」


 車の荷台で横になっているクワンはお腹をさすられながら言った。


「おれとしては、だいぶ楽になってきているが……何か話があるんだろう?」

「そうだ」


 ラトゥンは、治癒効果を付与した左手で、クワンの腹をさすっている。

 町に漂う謎の病は依然として猛威をふるっているようで、どこからともかく住民らの呻き声や嘔吐、排泄時の屁の音が聞こえてくる。


 宿屋の外に敷地に車を停めて、許可をもらって野宿状態。ギプスとエキナは車のそばで火を起こして夕食の準備をしている。


「ラー・ユガー盗賊団にいた魔術師の話だ」

「ビエント?」

「灰色の髪で、盗賊らしくない綺麗なマントをしていた男。お前が村の外へ逃げた時に、俺たちに襲ってきたやつ」

「あー、それはたぶん、モリュブ・ドスだな。盗賊団じゃなくて、聖教会に繋がっている助っ人先生だ」


 クワンは眉間にしわを寄せた。


「まあ、上から目線で、嫌な奴だったよ。人相悪いし」

「人相で言ったら盗賊団にいた奴らも、相当だったけどな」

「はは、確かに。……で、そいつがどうかしたのか? 旦那が殺しただろう?」


 だから捕まったんだ、とクワンが皮肉る。ラトゥンは真顔で告げた。


「そいつは生きている」

「マジかよ!? だって旦那が――。ああ、そういうこと」


 信じられないという顔が、何かに思い至ったようなものに変わるクワン。


「つまり、そうなんだな。……モリュブ・ドスは、悪魔だったと」

「そうなるな」


 戦いの場では、そういう面は一切見せなかった。それはラトゥンも同じだが、その時は、モリュブ・ドスは腕は立つ魔術師だが、人間であるという認識だった。


「なんてこった。悪魔だったのかよ……」

「知らなかったのか?」

「モリュブ・ドスと関係を持ったのは、割と最近だった。最初に聖教会が絡んできた時は、また別の奴で、そいつは悪魔だったんだけどな」


 へー、モリュブ・ドスも悪魔だったか、とクワンは天井を睨んだ。


「悪魔だったんだなぁ、あの野郎……」

「どういう関係だったんだ?  助っ人先生とは?」

「そのままさ。用心棒で、おれらで対処できないような状況になったら助けを求める相手ってだけ。特に仲間ってわけでもない。実際、団でもあいつのことを知っているのは、ほんの一握りだけだった」


 非常時にしか姿を見せない助っ人。ラトゥンとエキナが、盗賊の生き残りを追っていた時は、まさにその非常時だったということだ。


「それで、旦那。あいつが生きているとして、今どこにいるのか知っているのか?」

「町長の屋敷にいた」

「何だって!?」


 クワンは目を見開いた。


「マジか、この町にいるのかよ……」

「この町で起きている病も、モリュブ・ドスが絡んでいるかもしれない」

「あいつにそんなこと……。ああそうだよな、あいつは魔術師だもんな」


 額に手を当て、クワンは言う。


「ここにいるってことは、おれも口封じに狙われる……?」

「だろうな」


 盗賊団の生き残りであることを知っているモリュブ・ドスだ。十中八九、そうする。だからラトゥンも、モリュブ・ドスを放置できない。


「あいつは、どういう技を使う魔術師なんだ?」

「さあ、おれには、単純に強い魔術師くらいしかわからんよ。短詠唱とか、無詠唱? とにかく魔法を撃つのが早くて、しかもあっという間に倒しちまうってことくらい。……まさか旦那、仕掛けるのか?」

「そのつもりだ」


 すでに標的になっている。黙ってやられるほど、ラトゥンはお人好しではない。



  ・  ・  ・



 直に夜になる。きちんと火を起こして食べる夕食は、保存食を素材にしても各段に旨くなる。しっかり調理できるというのはいいものだ。

 しかし――


「すまん、何だか具合がよくない。……雰囲気にやられただけかもしれんが、くそ」


 ギプスが気分が優れないと訴えた。ドワーフには効かない病かとも思われたが、そんなことはなかったかもしれない。単に免疫の違い、耐性の差だったのかもしれないが、ギプスも時間の経過と共に悪くなる可能性はあった。


「エキナは?」

「わたしは平気です。ラトゥンは?」

「俺も大丈夫だ」


 なんだろう、自分が暴食だからだろうか、とラトゥンは思う。エキナの場合は、個人の適正なのか、悪魔との契約の効果かはわからないが無事である。……もっとも、発症が遅いだけで、これ以上、町にいても大丈夫かと言われると自信はない。


 ラトゥンは、エキナを連れ出し、仲間たちに聞こえないように声を落とす。


「俺はこれから町長の屋敷に行く。そこにこの前倒したはずの魔術師、モリュブ・ドスという奴なんだが、そいつがいるから始末してくるつもりだ」

「では、わたしも――」

「エキナは残ってくれ」

「ラトゥン――」

「ギプスとクワンを、あの状態で放っておくわけにもいかないだろう?」


 ラトゥンは、ちらと振り返る。居眠りするような姿勢でぐったりしているギプス。


「ギプスが元気だったら、クワンを任せるつもりだったが、あのざまだ。もしかしたら、向こうが先手を打って仕掛けてくるかもしれない。その時、エキナがいないとあっさり殺されてしまう」

「……話はわかりました」


 エキナは渋々頷いた。


「敵が攻めてくるかもしれないんですね?」

「そういうことだ。頼むよ」

「わかりました。無理はしないでくださいね」

「ありがとう」


 ラトゥンは手を伸ばし、エキナの首の後ろを撫でた。昔、道場で流行った相手を褒める時の行為。あの頃は、彼女は髪を撫でられるのを凄く嫌がっていたのが発端だったりする。


「ラトゥン……!」

「行ってくる。後は任せるよ」


 踵を返すと、ラトゥンはその場を足早に立ち去った。日が暮れる前に動けば、すれ違うことはないだろう。

 敵も、仕掛けてくるとしたら周りが寝静まって、邪魔が入りにくくなる時を狙うだろうから。

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