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第70話、悪魔、動く


 パトリの町、町長の屋敷。モリュブ・ドスは、町長ロバールの執務室のソファーに腰を下ろし、出発前のシミュレーションを脳裏に描いていた。


 外は暗くなっている。すでに呪法によって、住人はろくに動けないのだろうが、もう少し落ち着いたほうが邪魔なく進められる。

 呼び寄せた部下たちも、屋敷のほか、ラトゥンらのいる宿の近くに配置につくだろう。


 気がかりは、町で騒ぎになった時の警備隊の介入だが一応、妨害要員を用意したが、ロバールの交渉次第といったところだ。


 それはそれとして、あの独立傭兵を相手には、自身の真の姿を晒しても問題はあるまい。それとも殺したはずの魔術師姿を見せたほうが、相手を驚かせて怯ませることができるのでは……。


 などと考えを巡らせていると、扉がノックされた。モリュブ・ドスは皮肉げな顔になる。


「入っているぜ」

「……ここは私の屋敷なのですが」


 ロバールは呆れも露わにしながら入室した。


「どうだった?」

「警備隊には、町で聖教会が悪魔退治をするので、騒ぎになっても近づかないようにと通達しました」


 今回の病の原因は、悪魔の仕業かもしれない――という理由で、教会が動くのである。


「よし、よくやった!」


 これで心置きなく、町中で暴れられる。気がかりが解消され、モリュブ・ドスはソファーから立ち上がった。


「これで事前準備は完了だな」

「やる気なのは結構ですが、モリュブ・ドス殿。あまり町を壊さないでいただきたい」

「そいつは、敵に言ってくれ」


 モリュブ・ドスは意地の悪い顔で言うのである。

 執務室を出ようとした時、危険を感じた。衝撃、そして壁が突然壊れて、破片が飛び散る。


「うおっ!?」

「あっ――!」


 とっさに飛び退くモリュブ・ドス。破片をもろに受けて倒れるロバール。土埃が舞い、大穴が空いた壁から、ぬっと黒い影が起き上がる。

 屈強な悪魔が立っていた。


「なっ!? て、てめぇは!?」


 モリュブ・ドスは驚愕する。そこにいたのは、聖教会が指名手配している最上級悪魔ではないか!


「ぼ、暴食っ!? 何故ここにっ!?」


 ギロリと光った悪魔の目。モリュブ・ドスを見た暴食は、弾丸のごとく飛び掛かってきた。


「クソッタレェ!」


 守りの構えを取るモリュブ・ドスに、暴食の重々しい鉄拳が激突した。凄まじい衝撃。ガードに使った腕の骨が砕けた。

 さらに勢いのまま、後ろの壁を破壊し、二部屋ほど貫通した。背中からの強打が二度、そして三度目で床にバウンドした。


「クソが……。人間だったら、今ので死んで――」


 立ち上がろうとしたモリュブ・ドスだが、そこへ暴食は踏み込み、追い打ちをかけてきた。


「っ!」


 生きているのを確信しての追撃。折れた骨の再生が追いつかない。モリュブ・ドスは下から攻撃魔法を無詠唱で放つ。自分にもダメージが来る至近での爆裂。

 しかし、火系魔法は、暴食の左手が掴み、ロウソクの火のようにふっと消え去ってしまう。そして暴食の鉄拳が、叩きつけられた。


「ぐほっ!!」


 胴体に直撃した拳によって、臓器が吹っ飛んだ。背骨も破壊されたような感覚もつかの間、体は床をぶち破り、二階から一階へと落とされた。

 目の中に火花が散った。次の瞬間には天井に空いた大穴を見上げていた。そこから黒い塊――暴食が降りてきた。


 二回の攻撃で、モリュブ・ドスの体はボロボロだった。人間ならば二度死ぬほど打撃。生きているのは、ひとえに悪魔であるから。

 しかし、悪魔だからといって不死身であるわけではない。これ以上喰らい続ければ、やられてしまう。


 体内の魔力を使い、損傷からの復活に力を総動員する。だが……。


 ――再生が間に合わねぇ……!


 暴食が腕を振り上げ――横合いから魔弾が飛んできた。

 魔術師の格好をした男たち――部下の下級悪魔が、駆けつけたのだ。


 あれだけ派手に襲撃があれば、彼らとてすぐに気づく。いや、気づかないほうがおかしい。


 暴食は、飛んでくる電撃や氷の塊を鬱陶しそうに弾くと左手を構えて、衝撃波を放った。見えない壁のようなその一撃は、室内の部下たちを吹き飛ばし、壁ごと破壊した。

 しかしモリュブ・ドスは、その僅かな間も幸いとばかりに後方へ引いた。暴食はすぐに追いかけてきた。


「しつけぇんだよ、クソが!」


 別室に飛び込み、次のドアの方向へ。遅れて暴食が扉周りを壊しながらも、狂犬さながら追いすがる。


「オレはお前に何かしたかよ!?」


 まるで恨まれるおぼえがないのに、暴食はモリュブ・ドスを追いかけてくる。聖教会から手配されている暴食だから、悪魔に対しても同族意識など持っていないだろうが、それでもここまで追われることに、理不尽な怒りを感じた。


「治れよ、オレの腕!」


 扉を体当たりでぶち破り、屋敷の庭に出た。直後、壁がバラバラになって飛び散り、モリュブ・ドスを襲った。


「クソっ、派手にやりやがって!」


 ぶつかる瓦礫に、態勢を崩して転倒する。夜陰に紛れるように飛び出す暴食。そして庭に回り込んだ部下たちが、暴食に向かっていく。

 マントを突き破り、背中を生やした下級悪魔は、デーモンスピアを手に、矢のように突き進む。これにはさすがの暴食も回避を迫られる。


 一体目を避け、続いた二体目は、暴食の左手に捕まれた。そして飛び込んだ三体目に、捕まえた二体目をぶつけて双方を衝突死させた。あまりの勢いでぶつけたせいで、掴まれた部下は、果物が潰れたように鮮血を撒き散らす。


 屋敷周りにいた下級悪魔が次々に集まり、庭の暴食を包囲。四方から攻撃を仕掛ける。

 個々の能力では隔絶している暴食といえど、数で押せば下級悪魔とて馬鹿にならない。


 だが、暴食は咆哮を一つあげると、その両の腕を右、左にそれぞれ振るった。すると射線にいた下級悪魔が、爪に切り裂かれたように血を迸らせて体を分断された。

 風の魔法、見えない刃が、悪魔たちを紙切れのように割いていく。まるで相手にならなかった。


 最上級悪魔の名に相応しい無双っぷりだ。魔弾を躱し、暴食がその力を振るうたびに、下級悪魔たちが肉の塊に成り果てる。


「聞いてた話と違うなぁ……!」


 モリュブ・ドスは冷や汗が止まらない。


「もう、こいつ。完全体じゃねえのか……?」

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