目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第71話、第二ラウンド


 暴食の右手は、飛び込んできた下級悪魔を粉砕し、狙って飛んできた魔弾は、左手で吸収する。

 暴食――ラトゥンは、思っていたより敵が多いことに、内心苛立っていた。


 セオリーであれば、パトリの町にきたら情報収集。そして聖教会について下調べして、その教会アジトをまず叩く。

 だが、町に到着した早々、謎の病で住人たちはダウン。情報を集めるどころではなかった。


 さらに、倒したはずの魔術師モリュブ・ドスが生きていて、町長と繋がりがあるとわかり、そちらを優先しなくてはならなかった。放っておけば、向こうから仕掛けてくるからだ。


 ここにいる悪魔の大半は下級悪魔だが、これが町長の呼んだという聖教会の援軍だろうか。それとも元からこの町の教会にいた悪魔だろうか。


 ――面倒だ……!


 左腕から、電撃弾の魔法――ライトニングスピアーを放ち、距離をおこうとする下級悪魔を撃ち抜く。

 そして近づいてくる敵には、正面からは鉄拳。背後から飛び込んできた悪魔は、ギリギリで躱しながら右の肘鉄で叩き落とし、落ちたところを足で踏み潰して、その背骨を砕いた。


 そうやって周りの下級悪魔どもを片付けた時、その悪魔――モリュブ・ドスは立っていた。


「こんなところで、お前に会うとはなぁ、暴食」


 殴った分のダメージは、すっかり再生したようだった。下級悪魔は、時間を上手く時間を稼いだのだ。


「こちとら、別の用事でお出かけするところだったんだがな。……まさかお前の方から来るとは思わなかったぜ」


 不敵な面構えのモリュブ・ドスである。


「予定にない行動だ。用心深いのがオレなんだがな、臨機応変に対応できるところもオレの長所なわけよ。相手してやるぜ、暴食よぉ」


 ――どうやら、正体は割れていないようだ。


 暴食――ラトゥンは身構えた。モリュブ・ドスの皮膚が鉛色に変化する。あの崖に挟まれた回廊に出た悪魔の色だ。どうやらあの時の悪魔は、モリュブ・ドスだったようだ。ラトゥンは唇を舐めた。


「何か言わないのか、暴食? それとも言葉が喋れないってか?」


 ダッ、とモリュブ・ドスは地面を蹴り、瞬時に肉薄する。


「さっきは不意打ち喰らったが――おおうっ!?」


 懐に潜り込むモリュブ・ドスの顎に、暴食は膝蹴りをいれる。その踏み込みの速さは、前回見た。

 モリュブ・ドスはとっさに手でそれを阻止し、勢いのまま後ろへと飛ぶ。


「あらら、魔術師スタイルをキメてたのに、初見で見抜いちゃうわけだ。やるねぇ。普通、思わないよねぇ、このカッコでさ」


 減らず口を叩くモリュブ・ドスに、暴食は手を向けて、『来い』とジェスチャーをした。


「ウザっ。余裕ぶっこいてられるのも、今のうちだっての!」

 両手を前に突き出す構え。そしてモリュブ・ドスの手元で小さな爆発が連続した。それは銃声。刹那、暴食の体に鉛弾がブスブスと突き刺さった。

「おや、こいつは躱せなかったかい? オレの手の内を全て知っている、ってわけじゃなさそうだな」


 ――これは、銃か……?


 銃器もなしで撃ってきた。しかしあの小さな爆発も、銃のそれと見れば、もっともそれらしい。

 ここ最近、銃に触れていなければ、気づくのに遅れたかもしれない。モリュブ・ドスは、銃と同じことを魔法で使えるようだ。


 ――中々厄介だ。


 痛みはすぐに引いた。そこは悪魔――暴食の体あってのこと。人間であれば、当たり所によっては致命傷だった。


 ――距離を取っては、不利か……!


 暴食は踏み込んだ。大した攻撃ではないが、延々と撃たれるのも面白くない。被弾直後は痛いのも、それを後押しする。


 格闘戦もできるようだが、こちらとしても距離を詰めないと仕留められないだろう。

 モリュブ・ドスは、またも銃の魔法を使った。暴食は腕を盾代わりに攻撃を防ぐ。ズブズブと腕にめり込む銃弾。


「距離を詰めたからどうにかなるってものでも、ないっしょ!」


 連続して放たれる銃撃だが、それで止まるラトゥンではない。足に当たった一撃も、怯むことなく迫る。こういうのは根性で、痛みを忘却に飛ばすのだ。


「へへ、いいのかい、暴食?」


 インレンジ。暴食は腕を振るうが、モリュブ・ドスはそれを掻い潜り、至近距離から銃弾を手から放ち続け、暴食の体に弾痕を刻み続ける。


 ラトゥンは、体に走る痛みが段々強くなっていっているように感じた。距離が縮まったことで、威力も上がっているのだろう。


「オレの鉛弾、大した威力がないって高をくくってると、足元をすくわれるぜ?」


 暴食の蹴りを躱し、回り込みながら銃弾を脇腹に撃ち込む。肘鉄と見せかけての裏拳も、モリュブ・ドスは避ける。

 魔術師風の衣装は、意外と柔軟性があって、モリュブ・ドスの体の柔らかさに対応している。


「バーン!」


 モリュブ・ドスの手が、暴食の耳元で、大砲もかくやの大音響を発した。右耳の聴覚が一時的にもっていかれる。


「脳に響いたかい? って聞こえないか?」


 左の耳が、モリュブ・ドスの声をわずかに拾う。右は痺れように痛い。


「人間だったら、今ので三半規管も麻痺ちゃう可能性があるけど、まあ悪魔にはあんま効かないか。でもまあ、お前はオレの鉛弾を結構喰らってる。そろそろ体に異常がきているんじゃないか?」


 ――異常?


 ラトゥンは考える。そういえば、先ほどから痛みが増しているような……。


「鉛ってのは、生物の体に取り込み過ぎるのはよくないんだぜ。特にこのオレの鉛は特別製でね。その毒は、悪魔だって状態異常にしちまう強力なやつさ」


 モリュブ・ドスは冷笑を浮かべる。


「威力が大したことがないって、油断したな? お前は、オレの毒で体の中から腐っていくのさ」


 ――まさか、そんな能力が……。


 下級悪魔ではないとは思っていたが、あまり強くなさそうな外見に騙された。実際、渾身の拳を数発当たっても生きていたから、ある種確信があったが、モリュブ・ドスはラトゥンの想定以上の能力を持つ悪魔だった。


『お前、上級悪魔だったか』

「おや、ようやく喋ってくれた? 渋いいい声……。如何にも。オレは『卿』のランクにある上級執行悪魔様だぜ」


 モリュブ・ドスは、まるで勝ったかのような顔になった。それを聞いて、ラトゥンもまた内面、ほくそ笑んだ。


『そうか。上級悪魔か……』

「ん?」

『俄然、やる気が出た』


 一呼吸。体中の痛みが引いていく。暴食の力を舐めるなよ――すっと暴食は構えた。


『さあ、続けようか』

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?