暴食の右手は、飛び込んできた下級悪魔を粉砕し、狙って飛んできた魔弾は、左手で吸収する。
暴食――ラトゥンは、思っていたより敵が多いことに、内心苛立っていた。
セオリーであれば、パトリの町にきたら情報収集。そして聖教会について下調べして、その教会アジトをまず叩く。
だが、町に到着した早々、謎の病で住人たちはダウン。情報を集めるどころではなかった。
さらに、倒したはずの魔術師モリュブ・ドスが生きていて、町長と繋がりがあるとわかり、そちらを優先しなくてはならなかった。放っておけば、向こうから仕掛けてくるからだ。
ここにいる悪魔の大半は下級悪魔だが、これが町長の呼んだという聖教会の援軍だろうか。それとも元からこの町の教会にいた悪魔だろうか。
――面倒だ……!
左腕から、電撃弾の魔法――ライトニングスピアーを放ち、距離をおこうとする下級悪魔を撃ち抜く。
そして近づいてくる敵には、正面からは鉄拳。背後から飛び込んできた悪魔は、ギリギリで躱しながら右の肘鉄で叩き落とし、落ちたところを足で踏み潰して、その背骨を砕いた。
そうやって周りの下級悪魔どもを片付けた時、その悪魔――モリュブ・ドスは立っていた。
「こんなところで、お前に会うとはなぁ、暴食」
殴った分のダメージは、すっかり再生したようだった。下級悪魔は、時間を上手く時間を稼いだのだ。
「こちとら、別の用事でお出かけするところだったんだがな。……まさかお前の方から来るとは思わなかったぜ」
不敵な面構えのモリュブ・ドスである。
「予定にない行動だ。用心深いのがオレなんだがな、臨機応変に対応できるところもオレの長所なわけよ。相手してやるぜ、暴食よぉ」
――どうやら、正体は割れていないようだ。
暴食――ラトゥンは身構えた。モリュブ・ドスの皮膚が鉛色に変化する。あの崖に挟まれた回廊に出た悪魔の色だ。どうやらあの時の悪魔は、モリュブ・ドスだったようだ。ラトゥンは唇を舐めた。
「何か言わないのか、暴食? それとも言葉が喋れないってか?」
ダッ、とモリュブ・ドスは地面を蹴り、瞬時に肉薄する。
「さっきは不意打ち喰らったが――おおうっ!?」
懐に潜り込むモリュブ・ドスの顎に、暴食は膝蹴りをいれる。その踏み込みの速さは、前回見た。
モリュブ・ドスはとっさに手でそれを阻止し、勢いのまま後ろへと飛ぶ。
「あらら、魔術師スタイルをキメてたのに、初見で見抜いちゃうわけだ。やるねぇ。普通、思わないよねぇ、このカッコでさ」
減らず口を叩くモリュブ・ドスに、暴食は手を向けて、『来い』とジェスチャーをした。
「ウザっ。余裕ぶっこいてられるのも、今のうちだっての!」
両手を前に突き出す構え。そしてモリュブ・ドスの手元で小さな爆発が連続した。それは銃声。刹那、暴食の体に鉛弾がブスブスと突き刺さった。
「おや、こいつは躱せなかったかい? オレの手の内を全て知っている、ってわけじゃなさそうだな」
――これは、銃か……?
銃器もなしで撃ってきた。しかしあの小さな爆発も、銃のそれと見れば、もっともそれらしい。
ここ最近、銃に触れていなければ、気づくのに遅れたかもしれない。モリュブ・ドスは、銃と同じことを魔法で使えるようだ。
――中々厄介だ。
痛みはすぐに引いた。そこは悪魔――暴食の体あってのこと。人間であれば、当たり所によっては致命傷だった。
――距離を取っては、不利か……!
暴食は踏み込んだ。大した攻撃ではないが、延々と撃たれるのも面白くない。被弾直後は痛いのも、それを後押しする。
格闘戦もできるようだが、こちらとしても距離を詰めないと仕留められないだろう。
モリュブ・ドスは、またも銃の魔法を使った。暴食は腕を盾代わりに攻撃を防ぐ。ズブズブと腕にめり込む銃弾。
「距離を詰めたからどうにかなるってものでも、ないっしょ!」
連続して放たれる銃撃だが、それで止まるラトゥンではない。足に当たった一撃も、怯むことなく迫る。こういうのは根性で、痛みを忘却に飛ばすのだ。
「へへ、いいのかい、暴食?」
インレンジ。暴食は腕を振るうが、モリュブ・ドスはそれを掻い潜り、至近距離から銃弾を手から放ち続け、暴食の体に弾痕を刻み続ける。
ラトゥンは、体に走る痛みが段々強くなっていっているように感じた。距離が縮まったことで、威力も上がっているのだろう。
「オレの鉛弾、大した威力がないって高をくくってると、足元をすくわれるぜ?」
暴食の蹴りを躱し、回り込みながら銃弾を脇腹に撃ち込む。肘鉄と見せかけての裏拳も、モリュブ・ドスは避ける。
魔術師風の衣装は、意外と柔軟性があって、モリュブ・ドスの体の柔らかさに対応している。
「バーン!」
モリュブ・ドスの手が、暴食の耳元で、大砲もかくやの大音響を発した。右耳の聴覚が一時的にもっていかれる。
「脳に響いたかい? って聞こえないか?」
左の耳が、モリュブ・ドスの声をわずかに拾う。右は痺れように痛い。
「人間だったら、今ので三半規管も麻痺ちゃう可能性があるけど、まあ悪魔にはあんま効かないか。でもまあ、お前はオレの鉛弾を結構喰らってる。そろそろ体に異常がきているんじゃないか?」
――異常?
ラトゥンは考える。そういえば、先ほどから痛みが増しているような……。
「鉛ってのは、生物の体に取り込み過ぎるのはよくないんだぜ。特にこのオレの鉛は特別製でね。その毒は、悪魔だって状態異常にしちまう強力なやつさ」
モリュブ・ドスは冷笑を浮かべる。
「威力が大したことがないって、油断したな? お前は、オレの毒で体の中から腐っていくのさ」
――まさか、そんな能力が……。
下級悪魔ではないとは思っていたが、あまり強くなさそうな外見に騙された。実際、渾身の拳を数発当たっても生きていたから、ある種確信があったが、モリュブ・ドスはラトゥンの想定以上の能力を持つ悪魔だった。
『お前、上級悪魔だったか』
「おや、ようやく喋ってくれた? 渋いいい声……。如何にも。オレは『卿』のランクにある上級執行悪魔様だぜ」
モリュブ・ドスは、まるで勝ったかのような顔になった。それを聞いて、ラトゥンもまた内面、ほくそ笑んだ。
『そうか。上級悪魔か……』
「ん?」
『俄然、やる気が出た』
一呼吸。体中の痛みが引いていく。暴食の力を舐めるなよ――すっと暴食は構えた。
『さあ、続けようか』