町長の屋敷の庭、暴食――ラトゥンは、モリュブ・ドスと対峙していた。
銃弾の如き速度で放つ毒の弾。それを視認することはほぼ不可能――なはずなのだが、暴食は、次第にその攻撃を躱しはじめていた。
発砲の音がした時には、ほぼ当たっているそれを避ける。これには、モリュブ・ドスも目を見開く。
「おいおい、マジかよ……! 何でこれが躱せちゃうわけ!?」
『どうしてだろうな?』
軽やかに、少しずつ距離を詰めていく暴食に、モリュブ・ドスはじりじりと下がる。
「音がしてから避けても遅いはずなのに、どうなってるんだ……!」
『お前の小手先の技は、しょせん魔法だ』
銃弾を掻い潜り、暴食は飛び込んだ。モリュブ・ドスは慌てて下がった。
『魔法ならば、その出所が見える』
魔力の揺らぎ、魔法の発生源を暴食の『悪魔の目』は見逃さない。発生源が見えれば、あとはその弾道がどこを通るかだが、そこは暴食のいる位置に向かって放つだけだから、動いていれば避けられる。
『放たれた攻撃も、真っ直ぐしか飛ばない』
至近距離に伸ばした暴食の左手から、モリュブ・ドスは逃れる。あと一歩という距離が届かない。
が、ライトニング・スピアの魔法を撃ち込み、モリュブ・ドスの右肩を撃ち抜いた。避ける間もなかった。
しかし、この時、モリュブ・ドスもまた至近から特殊鉛の毒弾を撃ち込み、暴食の体に二発、新たに撃ち込んだ。
「いい一撃だ。だが、距離が近ければお前も躱せないだろうが、暴食!」
太ももを抉った一撃に、暴食の追撃の足が鈍った。その僅かな間を利用して、モリュブ・ドスは距離を取る。
「つーか、今のパターンなんか見覚えがあるなぁ。……お前、ひょっとしてラトゥンって奴か?」
ライトニング・スピアの魔法から、モリュブ・ドスは推理する。内心ドキリとする暴食――ラトゥンだが、それを表に出すことはなかった。それは敵の思う壺だ。
「……にしても、オレの放った毒弾をあんだけ受けて、まだ動けるのかよ。どうなってんだ? うわっと!?」
暴食が引っ掻くように右手を振れば、風の刃がモリュブ・ドスを切り裂かんと迫ったので避ける。
部下の悪魔がそれでやられているのを見ているから、初見ではなかったのが幸いした。地面を削るその威力に、モリュブ・ドスは舌打ちする。
「おい、暴食。お前、本当にオレの毒が効いているのか!?」
『それを俺に確認するのか?』
暴食は再び加速した。
『当ててみろ』
「こちらの攻撃を吸収している。……そうだろ?」
暴食の拳を、下がりながら回避するモリュブ・ドス。右、左、そして蹴りが飛んできて、頭ひとつ傾けて、何とか髪の毛数本で切り抜ける。
お返しに毒弾を撃ち込むモリュブ・ドスだが、ズブズブと暴食の体内に入った弾はそのまま飲み込まれる。
「けっ、毒まで吸収してんのかよ!」
暴食、聞きしに勝る悪食っぷり。攻撃も毒も飲み込めるなら何でも飲み込んでしまう最上級悪魔。
「狡いんでねえの!? べし――」
暴食の右拳を躱したと思ったら、返す甲で殴られるモリュブ・ドス。悪魔の一撃は、下手な鈍器よりも強力。脳を揺さぶられ、魔術師は視界が揺らいだ。
「しま――」
暴食の左手が、モリュブ・ドスの再生中の右肩を掴んだ。そして次に起きたことは、肥大化した暴食の腕が大口を開けて、モリュブ・ドスの右肩から半身を喰らう。
「くそっ、くそっ!」
無我夢中でモリュブ・ドスは逃げた。結果、右肩と体が引き裂かれるように分断してしまう。激しい痛みと、右腕を失った喪失感が、モリュブ・ドスの脳で弾けた。
「うおおおおっ!」
ドバドバと血液が流れ出る。暴食の左手は、モリュブ・ドスの右肩から下をそのまま喰らい、飲み込んだ。
「暴食、て、てめぇ! オレの腕を――」
怒りが体を突き動かした。モリュブ・ドスの左手が、紅蓮の火球を膨らます。大気を吸い寄せ、炎を燃やし、その威力を上げる。熱気が、屋敷の庭の芝を一瞬で燃やし尽くす。
「灼熱地獄! 喰らいやがれぇぇーっ!!」
モリュブ・ドスの手を火傷させるほどの業火。それが放たれ、暴食の呑み込み――否、暴食の左手に飲み込まれた。
全身に熱をまとい、蒸気を噴きながら暴食は、しかし健在だった。
『お望み通り、喰ってやったぞ』
「勝てねぇよ。……こんな奴――」
影が過る。暴食が迫る。
自分の最高出力で放った渾身の魔法で体が傷を負っていたモリュブ・ドスは、再生する間もなく、運命を受け入れた。
次の瞬間、暴食がかの魔術師を喰らった。
・ ・ ・
「ぁぁ、た、助けてくれぇ……!」
町長ロバールは、モリュブ・ドスが倒されるのを目撃し、慌てて逃げ出した。
聖教会の上級悪魔が敗れるとは、まったく予想外だった。屋敷に突然踏み込んできた悪魔――モリュブ・ドスは『暴食』としきりに言っていた。
あれが聖教会が手配していた暴食。何故、教会が追っているのかは知らない。だが危険な悪魔であるのはわかる。
そしてそれは、モリュブ・ドスの部下たちと、本人が倒されたことで証明された。
何故、ここに現れたのかわからないロバールは、自分も襲われると思い、逃げようとした。
だが、暴食は屋敷の壁を突き破ると、入り口に出る前のロバールに追いつき、そして捕まえた。
「うわぁぁ……こ、殺さないで!」
『お前は、聖教会の仲間か?』
ドスの利いた低い声を暴食は発した。地の底から響くような、まさしく悪魔の声だった。
「ち、違います! 違います! 私は仲間ではありません!」
繋がりはあれど、仲間かと言われると――ロバールは必死に言い訳を頭の中から捻り出す。全ては死にたくない一心だった。
『では、何故、あの悪魔どもがここにいるのだ?』
「そ、それは……」
口先だけの嘘は、すぐにボロが出る。そんな言葉がよぎったが、後の祭り。強大な悪魔を眼前にして体が震え、思考がブレる。考えがまとまらない。
『本当のことを言うのが身のためだぞ』
暴食は脅した。
『死にたくないのであればな……』