町長ロバールの話によれば、自身が町長になる代わりに、聖教会のために必要な便宜を図るという、組織の一員ではないが協力関係にあったのだという。
聖教会をバックに、町長として町の実権を握る。ただ、それだけだったと町長は語った。
『あのモリュブ・ドスという男は、悪魔だった。それは知っていたな?』
「はい、知っていました!」
人形みたくコクコクと頷くロバール。悪魔を喰ってしまうような悪魔を前に、大人としての威厳はなく、泣きべそをかいていた。
「ラトゥンという男とラー・ユガーを始末するために、この町で罠にかけると……。それで彼らを町の外に出さないように封鎖するように命令されたんです」
『……』
そのラトゥンが自分なのだが――もちろん、暴食の姿で素性を明かすことはしない。
ともかく、モリュブ・ドスが、クワンから聖教会に関する秘密が漏れないよう口封じするつもりだったことは、町長から証言を得た。
一緒に行動していたラトゥンたちも、同様に排除対象だったが、暴食であるという正体がバレたわけではない。
――ならば、まだラトゥンとしての姿を変える必要はないな。
ひとまず安心する暴食である。正体バレ、暴食追跡の待ち伏せだったなら、相当面倒なことになっていた。
『それで、町で流行っているこの病は何だ?』
「それは、モリュブ・ドス殿の――悪魔の呪法だそうで、体調不良を促す術です。長期化すれば、衰弱で死ぬこともありそうですが、短い期間ならそう簡単に死ぬほどのものではないと……」
確かに、致死性が高ければ、今頃このパトリの町は、死屍累々の有様であっただろう。これまで町で見かけた症状といえば、体調不良、腹痛や嘔吐といった類いだった。
『それで、モリュブ・ドスが死んだことで、呪法は消えたか?』
「そのはず……いえ、確か魔法陣が、町の教会地下にあるとか、言っていました……!」
ロバールは泣きながらも正直に話した。教会の地下と言われたことで、ラトゥンも、先ほど取り込んだモリュブ・ドスの記憶の一部が掘り起こされ、どこにその魔法陣があるか把握した。
『よし、お前は正直者のようだ……』
「あ、ありがとうございます」
ガクガクと震えながらロバールは目にいっぱいの涙を浮かべ、そしてこぼした。
どうにもやりずらいが、下手に同情して情けをかけるのは危険だ。喉元過ぎれば熱さを忘れる。危険が去った後、後からやってきた聖教会の人間に事情説明を求められた町長が『暴食』が現れたという話をしてしまうかもしれない。
追っ手がつくのは望ましくない。聖教会も、暴食探しを続けているのだから、その足取りを掴む手掛かりを放置はできない。
『お前は、俺がここに現れたことを、他人に話すな。……わかるな?』
暴食がそっと手を伸ばせば、ロバールはビクリと身を縮めた。何かされると思っての反射的反応だろう。事実、その通りなのだが。
『俺のことを話せば、お前は死ぬ。そういう呪いをかけた。死にたくなければ、黙っていることだ』
「ひ、ひゃい……」
またも泣き出しそうに顔をクシャクシャにする町長。これが演技だったら迫真だな、とラトゥンは思った。
「で、ですが、モリュブ・ドス殿が死んだことについて、き、聞かれると思います。どう、答えれば……っ」
『……』
上級悪魔とその一団が全滅したとなれば、聖教会も徹底的に原因究明はするだろう。当然、町長のことは、事実を確かめるために調べるに違いない。
「……あの……」
『わかった。お前は、これから言うことを話せ』
「はい……?」
暴食は重々しく告げた。
『筋書きはこうだ。モリュブ・ドスは、ラー・ユガーの生き残りを始末した。だが直後、教会を何者かが襲い、そこで全滅した、と』
「何者か……ですか?」
『暴食が襲った、とは言わなくていい。彼らが教会に引き上げた後の夜に何かがあった。当然、その場にいなかったお前は知らない。……わかるな?』
「は、はい……」
正直に頷くロバールである。
『よろしい。朝、教会を訪れた誰かが、襲撃の後に気づくだろう。……だが犯人は姿を消しているから、わからない』
「ですが……教会は襲われていないですよね?」
『これから襲うから、心配するな』
暴食はニヤリとした。ロバールの表情が引きつる。
『悪魔のようなものを見た、程度はいいだろう。だが暴食のことを話せば呪いで死ぬ』
忘れるな、とラトゥンは念を押した。
『あと、村の封鎖は解除しておけよ。……モリュブ・ドスが敵を始末したんだ。封鎖を解かないと怪しまれるだろう?』
「……は、はい……」
解放したら、その場にロバールはへたり込んだ。腰が抜けたのかもしれない。しかしラトゥン――暴食はそれ以上言わず、立ち去るのだった。
・ ・ ・
教会巡りは、ここ最近ではルーティーンのようになっている。
夜の町を駆けたラトゥン――暴食は、そのまま聖教会の扉をぶち破り、突入した。
「何者だ!?」
『ご機嫌よう。お前らを皆殺しにしにきてやったぜ』
完全武装の武装信者が数人いて、すぐに身構えた。モリュブ・ドスが、作戦を実施するから、何かあった時に備えて動けるよう準備を整えていたのかもしれない。
――それは結構、口封じをしないといけないな。
「いったいどこの悪魔だ!?」
「野良がっ、ここをどこだと思っている!」
武装信者の何人かが悪魔の翼を生やして、武器を手に飛んできた。
『野良扱いか。……俺が何者かご存じないらしい』
暴食は跳躍すると、左腕から取り出した暗黒剣でまず一体を両断。さらに敵の近くに着地すると共に、剣を振り上げた信者より早く、胴体をひと薙ぎに切り裂いた。
「アイスブラスト!」
「サンダーボール!」
武装信者らが短詠唱を使う。悪魔はあまり長ったらしい呪文詠唱を好まない。飛来する氷の塊や雷弾を避け、ライトニング・スピアをお返しして一人ずつ胴を貫通させた。
『おっと!』
勢いあまって、祭事台を破壊してしまった。その下にある地下への階段がお目見えする。
「いったい貴様は何者だ!?」
女型悪魔が背中に翼、手には騎士剣を持ち斬りかかってきた。これが人間の姿ならば、凛々しき騎士のようだったかもしれない。
暴食は、渾身の一撃で、騎士剣を叩き切ると、左腕を伸ばし悪魔を捉えた。
『どうも、自己紹介が遅れたな。俺はお前たち聖教会が探している上級悪魔様だ』