教会襲撃はラトゥンにとって慣れたものだった。
パトリの町ほどの規模ともなると、そこにいる人員の数もそれなりになる。
今までは、ただそこにいる悪魔を叩き潰すだけでよかったが、今回はより重要なことがある。
それはモリュブ・ドスの仕掛けた呪法、その魔法陣を破壊することだ。パトリの町の住人を苦しませている病の根本を叩くのだ。
『人間も多少はいるかと思ったが……』
ラトゥン――暴食は呟く。派手に乗り込んだのに、現れたのは教会の修道士に化けた下級悪魔ばかりだった。
『呪法にやられて人間の信者はダウンしているとか?』
そんなまさか、と思いつつ、この教会が発生源であるなら、当然効果のほども強いわけで、人間の職員も呪いにやられているのかもしれない。
どうもあの呪法は悪魔には効かないようで、ラトゥンはピンピンしているし、下級悪魔たちも普通に行動していた。
ドワーフのギプスは多少影響を受けていたが、エキナは平気そうだった。しかし彼女は悪魔の契約の影響で力が残っていたから、対呪法効能があったのだろう。町長が人間なのに病と関係なさそうだったのは、何故だろうか……?
モリュブ・ドスと面識がある関係だから、呪い除けでも施されていたのかもしれない。
などと考えている間に、いつものように地下への入り口から教会の闇へ。この辺りは、もう慣れている。
――さて、魔法陣はどこだ?
石造りの通路を、暴食はゆったりと進む。前回の盗賊のアジトに乗り込んだ時と違い、特に隠れることはない。最初から悪魔の姿ということもあるが、敵は殲滅するだけなので、コソコソする必要がないのだ。
『……』
慣れていると言ったが、ラトゥンは訂正したくなった。
それまではしっかり作り込まれた石造りの通路だったものが、途中から地下空洞へと様変わりしたのだ。
『さながら、ダンジョンといったところか』
高さ三階の建物に相当する下へ飛び降りる。着地したら、薄い水たまりが跳ねた。天然の洞窟のような雰囲気だ。染み出した水が天井から落ちて、地面を濡らすことはあるだろう。
道なりに進む。闇の中から猛獣の唸り声がして、それが駆けてくる足音が近づいてきた。
『ヘルハウンドか』
悪魔たちがペット代わりによく使っている魔獣だ。狼よりも一回り大きな体躯。人間の大人なら、まともに体当たりを受ければ吹っ飛ばされてしまうが……。
『ふん』
飛び出してきたところを、拳骨で叩き落とす。ヘルハウンドの頭蓋が砕ける音がした。そしてもう一頭――
『邪魔だ』
蹴飛ばした。壁に跳ねて、血痕が刻まれた。ぐったりしたヘルハウンドがそのまま息絶える。
そのままラトゥンは探索を続ける。
『魔法陣を探して、こんな地下くんだりとか』
愚痴りたくもなるが、これで町の人々が病から解放されるとなれば、やらない理由はない。この時ばかりは、呪法が影響しない悪魔の体でよかったと思う。
『……うん?』
トンネルを抜けると、広い空洞に出た。明らかに人の手が加えられている証拠に、至る所に松明が炊かれている。
そして後ろで、鉄格子が落ちた。閉じ込められた――かどうかは定かではないが、引き返すのが面倒になった。
グルルル……。
地の底から響くような唸り声がする。何かいるのは間違いないが、先ほどのヘルハウンドが子犬のそれに思えるような重低音だった。
『嫌な予感がしてきた』
地響きと共に、正面に開いた大穴から、のっそりとそれが姿を現した。
「ガアアアァァァァー!」
『化け物のお出ましか』
胴体が大きい。鱗でもなければ毛で覆われているわけでもないその外皮は、どこか魚のように滑っていた。
大木のように太く長い腕。一方で足は太いが腕に比べると若干貧相に見える。
何より不気味なのは頭だ。何でも丸呑みにできそうな巨大な口。しかし目のようなものは見当たらず、代わりに不気味な球体がいくつも髪の毛のようにくっついていた。
ハンター歴はそれなりのラトゥンだが、ここまでの異様な生き物は見たことも聞いたこともない。
悪魔か? いやさほどの知性は感じられず、まさしくモンスターというべきものに見えた。
『こいつが、この教会の闇か……』
聖教会は、人の見えないところで悪事を働くものだが、ここでこんな異形生物を飼っていたらしい。
――あるいは人工的に作った……?
生き物として不自然なそれに、ラトゥンはそう思った。
そして、モンスターは一歩を踏みしめ、暴食に腕を伸ばしてきた。長い腕だ。距離はあるが、少し近づいただけで、届いてしまう。
暴食はひょいと横へ飛んだ。化け物の腕は地面を砕き、破片を撒き散らした。当たれば人間など簡単にミンチだ。
一瞬、剣で腕を切り落としてやろうかとも思ったが、回避を選んで正解だった。鈍重そうな見た目だが、腕は広いと思われた空洞内のかなりの範囲に届く。
暴食めがけて、モンスターは腕を振り回す。元から図体が大きいせいか、こちらが全力で走っても、相手の腕のほうが断然早かった。
暴食は後ろから迫った巨腕を、ジャンプしてやり過ごす。加速がついていた分、直撃すれば並の生物なら即死ものの衝撃だろう。
だが勢いがついているということは、急な動きには反応しづらいことも意味している。特に本能の赴くまま振り回しているだけのモンスターの知能は、暴食の回避方向の予想すらついていないだろう。
――左手に喰わせてもいいのだが……。
ラトゥンは、暴食の腕が喰いたくて震えているのを感じた。
だが真正面から受け止めるのは、取り込む前にぶっ飛ばされないか不安もある。それしか方法がないのならともかく、可能ならダメージを受けずに倒したいものだ。
『何にしても――!』
虫を叩くように叩きつけられるモンスターの腕を躱しつつ、暴食は距離を詰める。右へ左へ動き回って、相手の目と腕を揺さぶる。
――図体がデカいだけのウスノロめ!
ラトゥンはタイミングを見計らう。腕が動く一方、足がほとんど動いていない。その胴体では、足元は見えないのではないか?
『それに……』
真上から叩きつけられた一撃を避け、暗黒剣を抜剣。
『フン!』
力を込めて、断頭台の刃の如く、一撃を叩き落とす。肉を裂き、骨を分断し、その腕を両断した。血飛沫が舞い、モンスターが絶叫した。
『一丁前に痛いようだな。まんざら不死身というわけではないらしい……』
化け物が痛がっているうちに、その疎かになっている足元へ入り込む。こうなっては、デカいだけの相手に過ぎない。