パトリの町の聖教会地下洞窟。ラトゥン――暴食は、異形の化け物と遭遇した。
全高五、六メートルほどの巨体を誇るモンスターだが、すでにラトゥンは勝機を見いだした。
長く太い腕を、暗黒剣で切り落とし、モンスターがのたうっている間に、そのデカい体の脇を通過する。
暴れるモンスターの残る腕がブンと風を切り、地面を叩いたが、もはやそこに暴食の姿はない。
背後に回り込んだ暴食は、そこでモンスターが短いながら尻尾を持っているのに気づいた。さらにモンスターは割と猫背で、尻尾から頭まで登れそうだった。
そうと決まれば、暴食は尻尾を踏み、勢いのままモンスターの背中を駆け上がる。暴れ回るその体のせいで、足場が揺れて安定しない。だが勢いのまま、あっという間に登り切ると、その後頭部に暗黒剣を突き刺した。
モンスターの断末魔が木霊する。ぶるりと揺れたその体は前のめりに倒れ込む。ラトゥンはバランスを崩しかけ、転倒する前に飛び降りた。
ざっとこんなものだった。
暴食は振り返り、動かなくなったモンスターを見やる。改めて見ても、これが一体何なのかわからない。複数の動物の特徴がある異形としかいいようがない怪物……。
『喰ったら、わかるか……?』
自問するが、答えは出ない。暴食の取り込みは、取り込んだものの記憶などを全てモノにすることはできない。知識として利用できるものには個体差があるのか、やってみないとわからないことが多々あった。
先ほどから左腕が疼くので、供養も兼ねて暴食の腕に喰わせる。巨体だろうと、あっさり喰ら尽くす暴食である。
『さて……』
まだモリュブ・ドスの仕掛けた魔法陣を破壊していない。暴食は先に進む道を探す。……入ってきた場所以外に、人が通れる通路があった。
監房があった。
複数の檻の中のいくつかに、異形と形容すべき怪物たちが閉じ込められていた。先ほどのが巨大なだけであり、それ以外のはさほどではなかった。
暴食がやってくると、檻と奥の牢にいたそれぞれの異形は、逃げるように小さくなった。本能的に危険だとわかるらしい。
……先ほどの巨大モンスターは自身の力を過信したか、それらの判断はできなかったようだが。
一体ここは何だ? ラトゥンは声には出さなかったが疑問に思った。
異形生物の研究施設だろうか。まさか聖教会は、キメラのような怪物を研究しているのだろうか。
部屋の出入り口を頼りに、さらに奥へ。気配を探れば、人――いや悪魔の反応があって、奥へ奥へ移動しているのがわかった。
向こうも暴食の侵入に気づいて下がっているのだろう。いや、あの巨大モンスターをけしかけてきたのだ。こちらに気づいていないなどあり得ない。
逃げる悪魔を追って、最深部へ。
地下の洞窟神殿。奥に祭壇があり、神父らしき人物がいた。他に下級悪魔が六体、異形が数体。
「よもやよもや、まさか、かの大悪魔がこちらにお越しいただけるとは、恐悦至極」
神父らしき男が、慇懃無礼に声をかけてきた。声だけで不快さを抱かせるのは、相当なものだ。
「一応、確認させていただきたいが、貴方は『暴食』で間違いないですかぁ?」
『違うと言ったら、どうするんだ?』
ラトゥン――暴食が返すと、神父は、くふっ、と嫌な笑い声を発した。
「いや失礼。斬新なしらの切り方だと思いましてね……。まあ、どちらにしろ、ここに踏み込んで、タダで帰すわけにもいかないのでね」
神父が腕を振り上げると、人型の異形たちが動き出した。オークなどを別にした怪物だろうか。顔面が恐ろしいことになっているそれらは、解き放たれた猟犬のように、突っ込んできた。
暴食は暗黒剣を構える。目の前に迫る異形の奥で武装信者に化けた下級悪魔たちが、紅蓮の火球を生成している。攻撃魔法の前兆だ。
前衛と後衛のコンビネーション。パーティーを組んだハンターの定石の動きだが。
暴食は左腕を前に突き出し、電撃弾を放つ。すっと異形が避けたが、炎の魔法を使おうとしていた下級悪魔の一体が、電撃に撃ち抜かれた。
もう一人――後衛を狙う余裕もなく、異形どもが群れてかかってきた。さすがにこちらを無視もできない。
目眩ましを使おうとして、そういえば異形の顔面に目らしきものがないのを見て取る。どこで敵を識別しているのだろうか。
などと熟考する間もなく、向かってきた異形から暗黒剣で一体、二体と切り裂いていく。
「くふっ、素晴らしい剛力だ。そこらの下級悪魔でも、ああは切れない耐久性があるはずなんですがね……」
神父は、いちいち癇にさわる口調で言った。それが合図だったわけではないが、下級悪魔たちがファイアボールの魔法を飛ばしてきた。
異形どもを盾に――するまでもなかった。何故なら前衛の味方ごと攻撃してきたからだ。
『この程度ならば、異形は死なないということか』
暴食のパンチが、ファイアボールの直撃を受けた異形を吹き飛ばし、下級悪魔のもとまで飛んでいく。
『だが、その程度ならば、俺の相手にもならない』
残る異形を叩き伏せ、下級悪魔たちの元へ跳躍。着地の際近くにいた二体を瞬時に切り捨て、距離を取ろうとした悪魔にライトニング・スピアを撃ち込む。
残り一体、というところで、神父が動いた。
無数の氷の塊が連続して襲ってきたのだ。暴食は飛び退く。
「いやはや、よい反応だ。さすがは暴食と言ったところか」
神父は、ゆっくりと歩く。
「モリュブ・ドス卿が仕事をするというので、場所を提供したが、まさか暴食が現れるとは……。まったくの予想外でした。さてさて、どうしたものか」
もったいぶる神父だが、ラトゥンはそれに付き合うつもりはなかった。問答無用とばかりにライトニング・スピアを撃つ。
すると神父の前で、電撃弾は弾かれた。まるで見えない壁があるように。
『防御魔法か』
「何の対策もしていないと思いましたかー?」
神父は、自身の周りに氷の塊を次々に具現化させる。
「貴方のような最上級悪魔ではないですがね、私も下級悪魔ではないのでね……」
その瞬間、暴食の後ろにも具現化させた氷塊を飛ばして、その背中を串刺しにしようとする。
正面に視線を引きつけ、背後から奇襲する。決まれば必殺の策。しかし――
『魔法の前兆に気づかないと思ったのか?』
背後からの氷塊を掻い潜り、暴食は神父へ肉薄した。そして左腕を向け、見えない障壁に阻まれる。
「くふっ、いいましたよね? 対策はしていると。忘れたのですかぁ?」
『忘れてはいないさ』
暴食の腕が、防御魔法を喰らう!
『俺の名前を言ってみろ』
「暴食ぅぅーっ」
防御を破られ、暗黒剣が神父の体を貫いた。