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第76話、異形の巣


 パトリの町の聖教会地下洞窟。ラトゥン――暴食は、異形の化け物と遭遇した。


 全高五、六メートルほどの巨体を誇るモンスターだが、すでにラトゥンは勝機を見いだした。

 長く太い腕を、暗黒剣で切り落とし、モンスターがのたうっている間に、そのデカい体の脇を通過する。


 暴れるモンスターの残る腕がブンと風を切り、地面を叩いたが、もはやそこに暴食の姿はない。


 背後に回り込んだ暴食は、そこでモンスターが短いながら尻尾を持っているのに気づいた。さらにモンスターは割と猫背で、尻尾から頭まで登れそうだった。


 そうと決まれば、暴食は尻尾を踏み、勢いのままモンスターの背中を駆け上がる。暴れ回るその体のせいで、足場が揺れて安定しない。だが勢いのまま、あっという間に登り切ると、その後頭部に暗黒剣を突き刺した。


 モンスターの断末魔が木霊する。ぶるりと揺れたその体は前のめりに倒れ込む。ラトゥンはバランスを崩しかけ、転倒する前に飛び降りた。


 ざっとこんなものだった。

 暴食は振り返り、動かなくなったモンスターを見やる。改めて見ても、これが一体何なのかわからない。複数の動物の特徴がある異形としかいいようがない怪物……。


『喰ったら、わかるか……?』


 自問するが、答えは出ない。暴食の取り込みは、取り込んだものの記憶などを全てモノにすることはできない。知識として利用できるものには個体差があるのか、やってみないとわからないことが多々あった。


 先ほどから左腕が疼くので、供養も兼ねて暴食の腕に喰わせる。巨体だろうと、あっさり喰ら尽くす暴食である。


『さて……』


 まだモリュブ・ドスの仕掛けた魔法陣を破壊していない。暴食は先に進む道を探す。……入ってきた場所以外に、人が通れる通路があった。


 監房があった。

 複数の檻の中のいくつかに、異形と形容すべき怪物たちが閉じ込められていた。先ほどのが巨大なだけであり、それ以外のはさほどではなかった。


 暴食がやってくると、檻と奥の牢にいたそれぞれの異形は、逃げるように小さくなった。本能的に危険だとわかるらしい。

 ……先ほどの巨大モンスターは自身の力を過信したか、それらの判断はできなかったようだが。


 一体ここは何だ? ラトゥンは声には出さなかったが疑問に思った。

 異形生物の研究施設だろうか。まさか聖教会は、キメラのような怪物を研究しているのだろうか。


 部屋の出入り口を頼りに、さらに奥へ。気配を探れば、人――いや悪魔の反応があって、奥へ奥へ移動しているのがわかった。

 向こうも暴食の侵入に気づいて下がっているのだろう。いや、あの巨大モンスターをけしかけてきたのだ。こちらに気づいていないなどあり得ない。


 逃げる悪魔を追って、最深部へ。

 地下の洞窟神殿。奥に祭壇があり、神父らしき人物がいた。他に下級悪魔が六体、異形が数体。


「よもやよもや、まさか、かの大悪魔がこちらにお越しいただけるとは、恐悦至極」


 神父らしき男が、慇懃無礼に声をかけてきた。声だけで不快さを抱かせるのは、相当なものだ。


「一応、確認させていただきたいが、貴方は『暴食』で間違いないですかぁ?」

『違うと言ったら、どうするんだ?』


 ラトゥン――暴食が返すと、神父は、くふっ、と嫌な笑い声を発した。


「いや失礼。斬新なしらの切り方だと思いましてね……。まあ、どちらにしろ、ここに踏み込んで、タダで帰すわけにもいかないのでね」


 神父が腕を振り上げると、人型の異形たちが動き出した。オークなどを別にした怪物だろうか。顔面が恐ろしいことになっているそれらは、解き放たれた猟犬のように、突っ込んできた。


 暴食は暗黒剣を構える。目の前に迫る異形の奥で武装信者に化けた下級悪魔たちが、紅蓮の火球を生成している。攻撃魔法の前兆だ。


 前衛と後衛のコンビネーション。パーティーを組んだハンターの定石の動きだが。

 暴食は左腕を前に突き出し、電撃弾を放つ。すっと異形が避けたが、炎の魔法を使おうとしていた下級悪魔の一体が、電撃に撃ち抜かれた。


 もう一人――後衛を狙う余裕もなく、異形どもが群れてかかってきた。さすがにこちらを無視もできない。

 目眩ましを使おうとして、そういえば異形の顔面に目らしきものがないのを見て取る。どこで敵を識別しているのだろうか。

 などと熟考する間もなく、向かってきた異形から暗黒剣で一体、二体と切り裂いていく。


「くふっ、素晴らしい剛力だ。そこらの下級悪魔でも、ああは切れない耐久性があるはずなんですがね……」


 神父は、いちいち癇にさわる口調で言った。それが合図だったわけではないが、下級悪魔たちがファイアボールの魔法を飛ばしてきた。

 異形どもを盾に――するまでもなかった。何故なら前衛の味方ごと攻撃してきたからだ。


『この程度ならば、異形は死なないということか』


 暴食のパンチが、ファイアボールの直撃を受けた異形を吹き飛ばし、下級悪魔のもとまで飛んでいく。


『だが、その程度ならば、俺の相手にもならない』


 残る異形を叩き伏せ、下級悪魔たちの元へ跳躍。着地の際近くにいた二体を瞬時に切り捨て、距離を取ろうとした悪魔にライトニング・スピアを撃ち込む。

 残り一体、というところで、神父が動いた。

 無数の氷の塊が連続して襲ってきたのだ。暴食は飛び退く。


「いやはや、よい反応だ。さすがは暴食と言ったところか」


 神父は、ゆっくりと歩く。


「モリュブ・ドス卿が仕事をするというので、場所を提供したが、まさか暴食が現れるとは……。まったくの予想外でした。さてさて、どうしたものか」


 もったいぶる神父だが、ラトゥンはそれに付き合うつもりはなかった。問答無用とばかりにライトニング・スピアを撃つ。

 すると神父の前で、電撃弾は弾かれた。まるで見えない壁があるように。


『防御魔法か』

「何の対策もしていないと思いましたかー?」


 神父は、自身の周りに氷の塊を次々に具現化させる。


「貴方のような最上級悪魔ではないですがね、私も下級悪魔ではないのでね……」


 その瞬間、暴食の後ろにも具現化させた氷塊を飛ばして、その背中を串刺しにしようとする。

 正面に視線を引きつけ、背後から奇襲する。決まれば必殺の策。しかし――


『魔法の前兆に気づかないと思ったのか?』


 背後からの氷塊を掻い潜り、暴食は神父へ肉薄した。そして左腕を向け、見えない障壁に阻まれる。


「くふっ、いいましたよね? 対策はしていると。忘れたのですかぁ?」

『忘れてはいないさ』


 暴食の腕が、防御魔法を喰らう!


『俺の名前を言ってみろ』

「暴食ぅぅーっ」


 防御を破られ、暗黒剣が神父の体を貫いた。

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