ラトゥンは、町の宿に戻る道すがら、エキナに事情を話した。
町長の屋敷に行って、モリュブ・ドスを倒してくると言ったが、その後に教会に乗り込むなんて聞いていない、とエキナは不満顔だった。
「一度戻るとか、考えなかったのですか?」
「どうせ暴食の姿で乗り込むことに気づいた。なら、そのままでいいだろうと」
「そりゃあ、わたしたちの姿を見せるのはよくないでしょうけど……」
エキナは頬を膨らませる。
「わたしたちのいる方のことは不安にはならなかったんですか?」
「不安?」
敵が仕掛けてきた時のために、エキナに留守番を任せたことか。ラトゥンは瞬時に考え、そのまま答えた。
「ならない。エキナの腕を信頼しているからな」
「……っ! それは……まあ、ありがとうございます」
エキナが頬を染めた。昔から、不意を衝かれて褒められると赤面する癖がある彼女である。
「でも、少しくらい心配にならなかったんですか? もの凄く強い敵だったり、わたしが対応できないほどいっぱい敵がいたりとか」
「モリュブ・ドス以上に強い奴が、この町にホイホイいるとは思えない」
ラトゥンも町長の屋敷へ移動する傍ら、魔力感知を行っていた。エキナの言うような強者だったり、数が多ければ、それを始末してから屋敷に乗り込もうと考えていたから。
「実際、途中で俺を追ってきた奴らがいたが、そいつらのレベルをみたら、エキナなら問題なくやれると判断した」
こんな雑魚しか追っ手にできないなら、処刑人として名を馳せたエキナの敵ではない。悪魔との契約の力で戦闘面はもちろん、索敵面でも敵と取り逃すことなかっただろう。
「敵がいないとわかったから、俺のところに来たんだろう?」
真面目なエキナが、敵がまだいるかもしれない状況で、ギプスたちを放って移動することはあり得ない。安全確保したのちに、ラトゥンのいる教会まで来たのだ。
「よく俺が教会にいることがわかったな? 町長の屋敷に行ったか?」
「……ええ、中々帰ってこないから、もしかしてやられたんじゃないかって心配したんです」
「俺はそんな柔なつもりはないが」
「そんなの、わからないじゃないですか。……心配したんですからね」
拗ねたようにエキナは言うのだ。ラトゥンは頭を掻く。
「悪かった」
「本当に思ってます?」
「勘弁してくれ」
ラトゥンは降参するのである。
・ ・ ・
夜のうちに町の封鎖は解かれたようだった。
だがラトゥンたちは、朝を待って、それからパトリの町を離れることにした。
「昨日までの具合が悪さが嘘みたいに消えた!」
クワンは元気そうだった。
「あんがとうな、ラトゥンの旦那。おかげでこの通りだ」
「それはよかったな」
宿や町行く人々を見れば、病気で倒れている者の姿はなく、日常の風景を取り戻したようだった。
「モリュブ・ドスを殺ったんだな……」
「そう言ったが?」
ラー・ユガーは聖教会と繋がっていた。クワンとモリュブ・ドスも面識があったのは、あの悪魔魔術師と遭遇した時点で見ている。
「何だ? 個人的に親しかったか?」
「全然。むしろ足蹴にされていたから、ざまあ見ろっていうか」
そこでクワンは伸びをした。
「あいつらから本当に解放されたんだなって、気持ち。どこまでも追いかけてくるようで、正直気持ち悪かった」
「……まだ具合が悪いのか?」
「からかわないでくれよ、ラトゥンの旦那」
クワンは手を振った。そこへギプスがやってきた。彼もすっかり元の調子を取り戻していた。
「ラトゥン、ドーハス商会の奴が来ておるぞ」
「わかった」
誰だろうと見に行ったらカッパーランドだった。
「ラトゥンさん、先日は酷い姿を見せてしまいました」
「いや、病気じゃ仕方ない。もう大丈夫なのか?」
「お陰様で。もうすっかりです。……いったい何だったんでしょうね、昨日のあれは」
カッパーランドは首をかしげた。
「伝染病とか、町中がやられた雰囲気だったのに、日が変わったらまるで何事もなかったようです」
「さあな。専門家じゃないんでね」
原因はモリュブ・ドスの呪法ではあるが、それを知らせたところでどうにでもなるものではない。
むしろ、何故知っているのかと、あらぬ疑いをかけられてしまうだろう。……あらぬ疑いでもないのだが。
「町長も問題なしと判断したのか、封鎖は解除されたそうですよ」
カッパーランドは言った。
「その判断は些か早すぎる気もしますが……」
「皆すっかり元気になったからだろう。深刻な伝染病じゃなかったってことだろうよ」
「ですね。……もう行かれるのですか?」
「ここに来たのはついでだからな。俺たちは俺たちで行く場所がある」
「そうですか。町を出る時は護衛に、と思ったのですが、そういう話でしたからね」
カッパーランドは頭を下げた。
「お世話になりました。旅の無事をお祈りいたします」
「あんたたちもな」
ラトゥンは改めて、カッパーランドと握手し、そして別れた。
出発の準備ができて、ギプスが車のエンジンをかける。ラトゥンが助手席に乗ると、車は走り出した。
手を振り、見送るカッパーランドの姿が後ろで小さくなっていく。荷台のエキナが律儀に手を振り返していた。
町を囲む外壁、そして外へ通じる門には、町を出る人や荷馬車の姿が少し。昨日のうちに出る予定が、町の封鎖で立ち往生をしていた者たちかもしれない。朝からご苦労なことだった。
ラトゥンたちの番が来た時、ギプスが手続きをやった。昨日話した門番が、こちらに気づいて会釈してきたので、ラトゥンは頷き返した。
手続きが終わり、車は町の外へ出た。ギプスは、早速前の馬車を追い越した。
「さあ、いざ行かん! 魔女の隠れ家へ!」
「まだしばらく先なんだろう?」
ラトゥンが茶化すように言えば、ギプスは肩をすくめた。
「気分というやつじゃ! さあ、しっかり掴まっておれよ!」
車は速度を上げて、街道を突っ走った。まるで昨日の足止めの遅れを取り戻すかのように。