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第78話、さらば、パトリの町


 ラトゥンは、町の宿に戻る道すがら、エキナに事情を話した。

 町長の屋敷に行って、モリュブ・ドスを倒してくると言ったが、その後に教会に乗り込むなんて聞いていない、とエキナは不満顔だった。


「一度戻るとか、考えなかったのですか?」

「どうせ暴食の姿で乗り込むことに気づいた。なら、そのままでいいだろうと」

「そりゃあ、わたしたちの姿を見せるのはよくないでしょうけど……」


 エキナは頬を膨らませる。


「わたしたちのいる方のことは不安にはならなかったんですか?」

「不安?」


 敵が仕掛けてきた時のために、エキナに留守番を任せたことか。ラトゥンは瞬時に考え、そのまま答えた。


「ならない。エキナの腕を信頼しているからな」

「……っ! それは……まあ、ありがとうございます」


 エキナが頬を染めた。昔から、不意を衝かれて褒められると赤面する癖がある彼女である。


「でも、少しくらい心配にならなかったんですか? もの凄く強い敵だったり、わたしが対応できないほどいっぱい敵がいたりとか」

「モリュブ・ドス以上に強い奴が、この町にホイホイいるとは思えない」


 ラトゥンも町長の屋敷へ移動する傍ら、魔力感知を行っていた。エキナの言うような強者だったり、数が多ければ、それを始末してから屋敷に乗り込もうと考えていたから。


「実際、途中で俺を追ってきた奴らがいたが、そいつらのレベルをみたら、エキナなら問題なくやれると判断した」


 こんな雑魚しか追っ手にできないなら、処刑人として名を馳せたエキナの敵ではない。悪魔との契約の力で戦闘面はもちろん、索敵面でも敵と取り逃すことなかっただろう。


「敵がいないとわかったから、俺のところに来たんだろう?」


 真面目なエキナが、敵がまだいるかもしれない状況で、ギプスたちを放って移動することはあり得ない。安全確保したのちに、ラトゥンのいる教会まで来たのだ。


「よく俺が教会にいることがわかったな? 町長の屋敷に行ったか?」

「……ええ、中々帰ってこないから、もしかしてやられたんじゃないかって心配したんです」

「俺はそんな柔なつもりはないが」

「そんなの、わからないじゃないですか。……心配したんですからね」


 拗ねたようにエキナは言うのだ。ラトゥンは頭を掻く。


「悪かった」

「本当に思ってます?」

「勘弁してくれ」


 ラトゥンは降参するのである。



  ・  ・  ・



 夜のうちに町の封鎖は解かれたようだった。

 だがラトゥンたちは、朝を待って、それからパトリの町を離れることにした。


「昨日までの具合が悪さが嘘みたいに消えた!」


 クワンは元気そうだった。


「あんがとうな、ラトゥンの旦那。おかげでこの通りだ」

「それはよかったな」


 宿や町行く人々を見れば、病気で倒れている者の姿はなく、日常の風景を取り戻したようだった。


「モリュブ・ドスを殺ったんだな……」

「そう言ったが?」


 ラー・ユガーは聖教会と繋がっていた。クワンとモリュブ・ドスも面識があったのは、あの悪魔魔術師と遭遇した時点で見ている。


「何だ? 個人的に親しかったか?」

「全然。むしろ足蹴にされていたから、ざまあ見ろっていうか」


 そこでクワンは伸びをした。


「あいつらから本当に解放されたんだなって、気持ち。どこまでも追いかけてくるようで、正直気持ち悪かった」

「……まだ具合が悪いのか?」

「からかわないでくれよ、ラトゥンの旦那」


 クワンは手を振った。そこへギプスがやってきた。彼もすっかり元の調子を取り戻していた。


「ラトゥン、ドーハス商会の奴が来ておるぞ」

「わかった」


 誰だろうと見に行ったらカッパーランドだった。


「ラトゥンさん、先日は酷い姿を見せてしまいました」

「いや、病気じゃ仕方ない。もう大丈夫なのか?」

「お陰様で。もうすっかりです。……いったい何だったんでしょうね、昨日のあれは」


 カッパーランドは首をかしげた。


「伝染病とか、町中がやられた雰囲気だったのに、日が変わったらまるで何事もなかったようです」

「さあな。専門家じゃないんでね」


 原因はモリュブ・ドスの呪法ではあるが、それを知らせたところでどうにでもなるものではない。

 むしろ、何故知っているのかと、あらぬ疑いをかけられてしまうだろう。……あらぬ疑いでもないのだが。


「町長も問題なしと判断したのか、封鎖は解除されたそうですよ」


 カッパーランドは言った。


「その判断は些か早すぎる気もしますが……」

「皆すっかり元気になったからだろう。深刻な伝染病じゃなかったってことだろうよ」

「ですね。……もう行かれるのですか?」

「ここに来たのはついでだからな。俺たちは俺たちで行く場所がある」

「そうですか。町を出る時は護衛に、と思ったのですが、そういう話でしたからね」


 カッパーランドは頭を下げた。


「お世話になりました。旅の無事をお祈りいたします」

「あんたたちもな」


 ラトゥンは改めて、カッパーランドと握手し、そして別れた。

 出発の準備ができて、ギプスが車のエンジンをかける。ラトゥンが助手席に乗ると、車は走り出した。


 手を振り、見送るカッパーランドの姿が後ろで小さくなっていく。荷台のエキナが律儀に手を振り返していた。

 町を囲む外壁、そして外へ通じる門には、町を出る人や荷馬車の姿が少し。昨日のうちに出る予定が、町の封鎖で立ち往生をしていた者たちかもしれない。朝からご苦労なことだった。


 ラトゥンたちの番が来た時、ギプスが手続きをやった。昨日話した門番が、こちらに気づいて会釈してきたので、ラトゥンは頷き返した。

 手続きが終わり、車は町の外へ出た。ギプスは、早速前の馬車を追い越した。


「さあ、いざ行かん! 魔女の隠れ家へ!」

「まだしばらく先なんだろう?」


 ラトゥンが茶化すように言えば、ギプスは肩をすくめた。


「気分というやつじゃ! さあ、しっかり掴まっておれよ!」


 車は速度を上げて、街道を突っ走った。まるで昨日の足止めの遅れを取り戻すかのように。

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