町長ロバールは、落ち着きがなかった。
「大丈夫かね、ロバール氏。汗が凄いな……」
聖教会神殿騎士団、青の団長シデロスは、その端正な顔立ちに、哀れみの表情を浮かべた。
パトリの町の町長は、ハンカチで額や首もとを拭う。
「え、あ……はい、どうも」
冷や汗が止まらないようだった。緊張している。シデロスは町長の屋敷にいて、来客用のソファーに腰掛けていた。
部屋には町長のほか、シデロスの部下である神殿騎士が二人、見張りのように立っている。
「何、落ち着いてくれたまえよ、ロバール氏。我々はあなたを糾弾しにきたわけではない。ただ――」
僅かに首を傾けながら、シデロスはじっとロバールを見つめた。
「我々は、この町で何があったのか知りたいのだ」
「それは……」
言い淀む町長。見るからに不審な態度だ。緊張のあまり体が震えている。その萎縮ぶりは見ていて気の毒なほどだ。
「この屋敷は、随分と開放的なのだな」
壊れた壁から見える街並み。明らかに破壊の後だ。
「何とも前衛的だ。……私は嫌いではないよ」
爆裂魔法か何かが炸裂して吹き飛んだようにも見えるが、炎で焼け焦げた跡などはない。何か大きな力で破壊されたようだ。しかし、人間業ではない。
天井や床に穴が空いている部屋もあるようだ。明らかに、この屋敷で何かがあったのだ。
「先日、聖教会の魔術師が、ここに来ていたはずだな。……名前は何だったか」
「モリュブ・ドス殿です、はい」
町長は答えた。シデロスは内心、笑みを浮かべる。
「そうだ、モリュブ・ドスだ。彼は私の同期でね」
よかった、知らないと嘘をつかれたら、どうしてやろうかと思っていた。
暴食追撃の任についていたシデロスと彼の部隊は、特に手掛かりもなく捜索を続けていたが、王都のカルコス卿から念話を受けた。
・ ・ ・
『モリュブ・ドス卿が音信不通になった』
それを聞いた時のシデロスは、無言になったのを覚えている。アルギューロスの時もそんな風ではなかったか。
『何でも奴が死にかけるほどの奴がいたらしい。それで後始末がどうとか言っていたが、おれも細部までは知らん。パトリの町ってところに部下を集めたのまでは確認したが、その後のことがわからんのだ。しかもパトリの町の教会も連絡がとれなくなっている』
何かがあったのは間違いない。
『この手の音信不通になる時ってのは、大抵「暴食」が絡んでいる。お前の仕事だぞ、シデロス卿』
『今度こそ当たりであってほしいがな』
『モリュブ・ドス卿がやられたとあれば、もう半分暴食で決まりだろう』
『残り半分はなんだ?』
そう文句にも似た返答をし、シデロスは文字通り空を飛んでパトリの町へ急行した。そして今、町長を尋問しているのである。
・ ・ ・
「モリュブ・ドス殿は、と、と、盗賊の、ら、ラー・ユガーの生き残りを始末するために来られまして」
ロバールは、何とか言葉をひねり出した。
「それで、その者を始末され、町の教会へ、行かれました」
「ほう、モリュブ・ドス卿が教会に……」
シデロスは淡々と言えば、町長は刻々と大きく頷いた。
「そうです! 教会に行かれたのですが、そこからのことはわかりかねます」
「教会で何があったか知っているかね?」
「知りません。私はその場にいませんでしたので!」
「知らない?」
眉をひそめるシデロス。
「教会が何者かに襲われたことも?」
「い、いえ、それは……はい、翌朝に聞きました。悪魔の死体がいくつも発見されたと大騒ぎで」
「だろうな……」
今、後続の青の部隊で教会周りを、除霊や悪魔除け作業をやりつつ封鎖している。そこでは責任者のキール神父以下、武装神官――下級悪魔たちも全滅。地下で研究していたものも全て焼き払われ残っていない。
何を研究していたか、シデロスは知らないが、聖教会本部に報告した時、酷く落胆された。それなりに重要な研究だったのだろうが、それも塵しか残らない程度に焼き尽くされてしまったのだ。
「モリュブ・ドス卿は、教会でやられたか……?」
「たぶん、そうではないかと。教会に戻られると仰って、こちらを離れたのが最後でしたから……」
ロバールはビクビクしていた。明らかに嘘をついている。知っているが話さない、あるいは話せないか。
この狼狽えぶりは、かなりのことを知っているとみた。モリュブ・ドスが教会に帰ったから知らないと言っているが、彼は、あの魔術師の最期を見届けたのではないか。
「臭うな……」
「は、は……?」
一際動揺するロバール。嘘を見破られたのではないか、という恐れが、彼に滝のような汗をかかせた。
「あなたは何も知らないと言ったが、嘘をついている」
「……!」
シデロスは笑みを浮かべた。美形である彼だが、その顔に一切の温かみはない。
「この屋敷の庭で、戦闘があったな。血の臭いが漂っている。……探せば、血の跡も見つかるんじゃないか」
答えられないロバール。シデロスは、大きく開いた壁の穴を見やる。
「考えていたんだ。いったいどうすればこんな壁に大穴が空くのか。上級の悪魔が力をぶつけて破壊したのではないかと思うのだが……どうだろうか?」
「そ、それは……」
「ロバール氏、教えてくれ」
シデロスは詰めた。
「この壊れた壁や床の穴は、芸術の類いではないことは一目瞭然だ。……どうか、私に納得できる理由を教えてくれまいか? これは何だ?」
「く、黒い塊のようなものが、こ、壊して行ったのです!」
町長は声を震わせながら言った。
「あ、悪魔だと思います。……それでその悪魔は、どうもモリュブ・ドス殿を探していたようで……ここにいないと知って、どこかへ――」
それらしい理由であった。疑いをもっていなければ、それで納得できたかもしれない。シデロスは一息ついた。
「何故、それを最初から言わなかったのかな、ロバール氏」
後出しはよろしくない。
「まだ隠していることがあるだろう? 白状したほうが身のためだよ、町長」