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第82話、空からの敵


 グレゴリオ山脈を行くラトゥンたち。連なる山の天辺まで登ることはなく、迂回するように車が走れる道を通って進む。


 山と山の間を抜けていくように、比較的低い高さを登ったり下ったり。カーブを描く道は、時々崖になっていて、お世辞にも広いとはいえない山道をヒヤヒヤしながら通った。

 道中、特にモンスターに襲われることなく、無事な――


「訂正だ」


 上空から、翼を持った魔獣――ワイバーンが一体、走る車に迫っていた。


「俺たちは目立つな」

「そりゃあ、こんなところを車なぞ走りゃせんからのぅ!」


 ギプスは懸命にハンドルを握る。崖下へ落ちないよう細心の注意を払いつつ、車を加速させた。

 でっぱりを踏んでガタンと揺れた時、クワンが思い切り顔をしかめた。


「っと! スピードも出せないところで、ワイバーンなんてついてないぜ」

「右は壁、左は崖……」


 エキナはゴクリとツバを飲み込んだ。


「逃げ場がないですよ!」

「こんなことなら、機関銃の撃ち方を教えておくんじゃったわい!」


 運転に忙しく、武器を使うことができないギプスである。確かにラトゥンなどがギプスの機関銃を使えば、撃退することはできたかもしれない。

 ラトゥンは顔を上げた。


「だが、この地形だ。加速しているこちらにワイバーンも攻めあぐねている!」


 片側が崖のせいで、ワイバーンは常に車の左側を飛んでいた。全長は四、五メートル。一方で翼を広げると十二、三メートルはあるため、真後ろなどにつこうとしたら翼が崖にぶつかってしまうのだ。


 だから、常に左側にいて、どう喰らいつこうか、機会を窺っている。車が止まれば、着地して襲うこともできるだろうが、走り続ける限り、ワイバーンは飛び続けなくてはいけない。逆に飛んでいる限りは車に振り切られることはない。……モンスターが疲れない限りは。ギプスにもそれはわかっていた。


「奴の体力と、車の水、どっちが長持ちするかじゃわい!」


 魔力式蒸気自動車は、魔力の補助はあるが、基本給水した水がなくなれば走れなくなる。運転するギプスは、崖に落ちない程度にスピードを出しながら、車の息切れの方にも不安になった。


「いっそ止まって、戦ったほうが早いかもな!」


 ラトゥンは、併走するように飛ぶワイバーンを睨みつける。ギプスは鼻をならした。


「あんなデカい化け物と戦うじゃと? ワイバーンと戦ったことがあるのか?」

「ない」


 だが、パトリの町の教会地下で、デカ物と戦って日も浅い。


「やってやれないことはない」

「ほっ、そいつは頼もしい。じゃができれば、この車を止めずにワイバーンを追い払ってもらいたいもんだ」

「そうしたいのは山々だが――」


 ちら、とラトゥンは車の右側である崖を見やる。


「運転席が左側でなければ、魔法を撃てたんだがな」


 運転しているギプスがいるので、右側に座っているラトゥンの位置からでは撃ちにくい。ライトニングスピアーをまさか、運転手の眼前を通過するように撃つわけにもいかない。

 かといって御者台から立ち上がるのは、この決して安定しているとはいえない道を高速走行中に推奨できない。衝撃で転倒、下手すれば車から落下する!

 位置関係は最悪。だから停車も選択肢に入るのだ。


「こっちは、ワイバーンの吐息がかかりそうなほど近くで、生きた心地がせんわい!」


 ワイバーンが近くで吠えた。


「ついでにうるさい! 耳が吹っ飛びそうじゃわ!」

「ワイバーンはしつこいって言うからな!」


 飛んでいる限り、森にでも入らなければ振り切れない。しかしここは限定された山道で、隠れられる場所はない。


「止まったほうがよくないか?」

「冗談! 止まったら最後、この車も無事では済まん!」


 車が壊されるかもしれないという不安要素が、ギプスにブレーキを踏ませない。いつまでこの鬼ごっこを続ける気なのか。ラトゥンは嘆息する。


「前回あんたが来た時、ワイバーンと遭遇は?」

「なんじゃい、薮から棒に――」

「来るぞ!」


 左斜め後方からワイバーンが加速して飛び込んできた。ギプスはブレーキを踏んで、突進からの噛みつき攻撃をやり過ごすと、再びアクセルを踏んだ。


「前回来た時は、何とか振り切ったぞい。仲間たちが反撃したからのぅ!」

「反撃したのか?」

「後ろに幌がなかったからの。そこから銃や爆弾で応戦したんじゃよ!」

「あー」


 雨除けの幌が荷台の上にある。改良の結果、快適性は増したが、戦闘には不向きな車となってしまった。


「幌がなければ、俺も後ろから反撃できたんだけどな」

「それな!」


 ギプスも認めた。


「じゃが、もう幌の予備はないからのぅ。壊されて困るのはわしだけじゃないじゃろ?」

「確かに!」


 後ろでクワンが同意した。エキナが首を振る。


「でもやられてしまっては、元も子もないですよ!」


 それもそうである。ラトゥンはワイバーンを目で追いかける。横につくだけでは埒が明かないと見たか、すっと距離をとった。一瞥するギプス。


「おっ、諦めおったか?」

「いや……回り込むつもりだ」


 ワイバーンは、こちらを追い越し、前に移動すると、崖に沿って正面からダイブしてきた。


「おおぅ!?」


 これは躱しようがない。ギプスはどうするべきか判断に迷った。ブレーキを踏んだところで正面衝突は避けられず、かといって加速してぶつかったところで、跳ね飛ばされるのは車のほうだ。狭い山道ギリギリの走行なので、左右に逃げ道はない。


「ラトゥンンン!」


 前に回り込んだおかげで、ラトゥンの位置から攻撃ができるが、果たしてライトニングスピアーなどの攻撃魔法を撃ち込んだところで、どうにかなるのか? 脳天を貫いて仕留めたとしても、惰性で突っ込んできたワイバーンに車が激突して終わり――そんな顛末が見えた。


「攻撃が駄目なら……」


 防御魔法だ。パトリの町の聖教会にいた神父――キールという名前だったそれが使っていた防御のそれ。暴食の腕が取り込むことで得た防御の壁を展開。


 次の瞬間、ワイバーンが正面から見えない壁に激突し、大きく跳ねた。ブレーキをかける車の上を、防御魔法の壁に弾かれたワイバーンが半回転しながら飛び越えた。


 完全に車が止まった背後で、地面に激突した襲撃者が、ずるずると道から外れて崖下へ滑り落ちていった。


「……今、何をしたんだい、旦那?」


 後ろの荷台からクワンが呆然とした顔で聞いてきた。ラトゥンが左腕を正面に向けていたから、何かしたのはわかるが何をしたのかわからない。


「防御魔法だ。初めて使ったが、案外なんとかなるものだな」

「おい!」


 ギプスが目を剥くが、エキナは「さすがです!」と賞賛した。


「いつ覚えたんですか?」

「教会でお祈りをしたのさ」

「お主、聖教会がどうこう言ってなかったかのぅ」


 ギプスは首を横に振ると、再び車を動かし出した。ラトゥンは正面を見やる。


「聖教会は嫌いだ。……まだしばらくかかりそうか?」

「なに、ここまで来れば、魔女の隠れ家のある谷まで、もう少しじゃ」


 ギプスは笑った。


「まあ、そこからも長いんじゃがな」

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