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第124話、一時の出会い


 視界の中に蒸気自動車が現れると、ラトゥンは身を硬くした。

 いつ神殿騎士団と出くわすか、わかったものではない。このところ、独立傭兵の姿も怪しまれつつあるようだから、余計に、である。


 ラトゥンの警戒は、近づきつつある中、どうやら違うようだとわかると、人知れず息をついた。

 後ろの荷台からアリステリアが身を乗り出した。


「何です?」

「襲われておるようじゃ」


 ハンドルを握るギプスは重い声を出した。


「グレイウルフか、クリフハウンドか……」


 狼か猟犬か。猟犬と行っても、そういう動きをするからつけられた名前で、実際に猟犬というわけではない。

 ともあれ、旅人が野犬の類いに襲われているというところだろう。


「助けましょ!」

「じゃな」


 ギプスも反対しなかった。アクセルを踏み込み、加速。猛スピードで車が突っ込んできて、灰色の獣――グレイウルフが飛び退いた。


 ラトゥンは助手席に座ったまま、ライトニングスピアーの魔法を撃ち込んで、狼どもを威嚇する。足元に撃ち込まれた電撃におののき、グレイウルフは退散した。

 ブレーキを踏んで、停車させるギプス。


「当てんかったの」

「ちょっと脅せば逃げるからな、グレイウルフなら」


 脅して逃げないような獣なら、当てていたラトゥンである。

 襲われていた車は荷台に幌がかかっていて、外からは様子がわからない。運転席は無人なのは見ればわかるから、運転手は荷台にいるだろうか。

 アリステリアは荷台からちょっと背伸びする。


「誰もいない?」

「いるだろう。狼が囲んで吠えていたからな」


 近づく中、それを見ていたラトゥンは車を下りる。


「おい、狼は追い払ったぞ。無事か?」

「――あ、はい、何とか」


 男の声がした。ラトゥンは用心しつつ、車の後ろに回り込む。荷台に棒を持った男がいた。どうやら、それで狼と戦っていたようだ。


「俺は独立傭兵だが……お困りか?」

「独立傭兵……。いえ、狼に襲われて困っていましたが、何とか切り抜けたようですね。追い払ってくださったんですか?」

「通りかかっただけさ」


 追い払ったと言ったら、料金を請求できるかもしれない――ラトゥンは仕事柄思ったが、それを律儀に言うほど野暮でもない。


「狼に襲われるとはついてなかったな」

「まったくです。おかげで、腕を噛まれまして。なんとか引き離したものの――痛い……」


 棒を持つ手に血が滴っていた。結構ざっくりやられたらしい。


「アリステリア、怪我人がいるんだが」

「はいはーい」


 アリステリアが車を下りてやってきた。


「こんにちは! あっ、これは酷いですね。すぐ治癒しますからね」


 さっそく彼女は、男の傷を魔法によって治療した。みるみるうちに傷はなくなり、男はもちろん見ていたラトゥンも驚いた。


 これまでも回復、治癒の魔法は見たことがあるが、その速度はまさに桁違いだった。さすが聖女というところか。これは人々から尊敬されるはずである。



  ・  ・  ・



「助かりました。私はエスタテと申します」


 助けた男は、そう名乗った。至って普通の服装。商人らしくもなく、職人らしくもなく、しかし村人より着ているものは上等で、町人が旅をしているという雰囲気である。


 助けたことと、治癒に代金を払おうとしたエスタテだったが、アリステリアは手を振って断った。

 彼女の「お金を取るようなものではない」という言葉には、ラトゥンはもちろん、クワンも、お金を取ってもバチは当たらないという顔になった。


「聖女さんは世間知らずなんだ」

「そうらしい」


 小声でクワンとラトゥンはやりとりをする横で、ギプスは荷台を覗き込んでいた。背の低いドワーフなので、よじ登っている格好だが、それはそれで失礼ではないだろうか。


「お主、あの金属の箱はなんじゃ? 金庫ではなさそうじゃが」


 ――やめなさいって。


 盗賊ではないのだから、そういう踏み込んだ質問は失礼だとラトゥンは睨む。しかしエスタテは、何でもないように答えた。


「冷凍庫という魔道具なんですよ。中は冬のように冷たくなっておりまして、食べ物の保存などで使えるやつです」

「ほぅ、冷凍保存ちゅーやつだな!」


 ギプスは察したようだった。


「それじゃあ、お主。運び屋か?」

「いえいえ、氷菓売りでございまして。色々な場所へ言って、氷菓を売る商売をしておりますよ」


 そうだ、とエスタテは手を叩いた。


「助けられたお礼に、うちの氷菓を食べてください。お代はいただきませんから!」

「ひょうか……?」


 男性陣が首を捻る一方で、アリステリアとエキナが顔を綻ばせた。


「氷菓! いいんですか!?」

「氷菓なんて、いつ以来だろう……」


 二人が喜んでいるのを見て、ラトゥンは、幼い時に、まだお嬢様だった頃のエキナが美味なるお菓子と言っていたのを思い出した。食べた記憶はなかったが、なにぶん外の熱で溶けてしまうから、限られた状況でしか食べられないものという認識があった。


「物は試しだ。もらおうか」


 そしてもらったのは氷菓子。アリステリアとエキナは、さっそくそれぞれカップに入ったそれを木の匙ですくい、ぺろり。


「くぅーっ! 冷たい!」

「口の中で溶けるぅ!」


 そのはしゃぎっぷりは、普段お目にかかれるないほどで、二人して子供っぽかった。ラトゥンは、ほっこりしつつ、自分のものを口に入れ、その冷たさにショックを受けた。


「うわっ……冷たっ」


 しかし甘くて、またも口に入れたくなる。これは癖になりそうだ。美味しかったからか、クワンが掻き込む勢いで食べ、頭を押さえてうずくまる。アリステリアが苦笑した。


「そんな勢いよく食べるからよ。ゆっくり、でも溶けないうちに早く食べるのがいいわ」

「ぬおおおおっー」


 ギプスが素っ頓狂な声を上げて、うずくまっている。


「染みるぅぅー!」

「何やってるんだよ」


 ラトゥンは呆れつつ、視線を転じると、エキナが幸せそうに氷菓を食べているのを見て、とても懐かしい気分になった。


「それでは皆さん、旅のご無事を!」

「あんたもな!」


 エスタテとは行き先が違うので、そのまま分かれた。互いの無事を祈り、それぞれの道を行く。

 それは一時の休息であった。

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