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第125話、聖教会のキャンプ


 王都を目指す街道を進む蒸気自動車は、その道中で聖教会の一団と遭遇した。


 それはラトゥンの想像通りだった。だが正面からすれ違うのではなく、街道脇に天幕を立てたキャンプがあり、蒸気自動車が三台停車していた。これは、ラトゥンの想像とは違った。


「止まって! 止まってくださいー!」


 聖教会の神官が二人、街道に出てきて、大きく手を振っている。武器は持っていない上に、特に威圧的でもない。


「ラトゥン、止まるぞ」


 ギプスが言うので、ラトゥンは頷きだけ返した。神官たちの前で停車する蒸気自動車。ラトゥンはそれとなく警戒。後ろの荷台では、正体バレを警戒してクワンとアリステリアが毛布を被り寝ているフリ。


 エキナは起きているが足元に毛布をかけて、自分も休んでいますよ的な姿勢をとる。全員寝ていると、実は拘束されているとか、奴隷を運んでいるように見えて、毛布を開けようとするかもしれない。ちゃんと自由で、健全ですアピールである。


 そんな用心をよそに、神官の一人が運転席のギプスへ、もう一人が補助席側のラトゥンに近づいた。まずラトゥンに話しかけてくる。


「こんにちは。旅人ですか?」


 ラトゥンは黙って、ギプスを指差した。話はそっちでしてくれ、というジェスチャーだ。その神官が困った顔をするので、相棒のほうがギプスに話しかけた。


「旅人さんということでよろしかったですか?」

「そうじゃ」

「失礼ですが、ドワーフの方ですよね。これは珍しい」

「ドワーフじゃと、何か問題があるのか?」

「いいえ。お気を悪くされたのなら謝罪いたします」


 神官は実に温厚だった。若いが、教会の一員だけあって穏やかな雰囲気をまとっている。


「それでつかぬ事を確認しますが、ここに来るまでに村があったと思うのですが――」

「村なら幾つも通ったぞ。どの村のことじゃ?」

「ここから一番近い村なのですが……」


 ランサの村のことだった。やはり、この神官たちの部隊は、あの炎の悪魔と関係しているに違いない。


「村かぁ……」


 ギプスは視線が宙を彷徨った。神官が眉をひそめる。


「どうかされましたか?」

「あれを村と呼んでいいのか……いや、あれは村じゃったか。しかし」


 思わせぶりに悩むギプスである。


「ちゃんとした村なら、トバルには寄ったそい。あの煙突みたいな井戸があった村じゃ。先ほど通過したのは、何もかも黒焦げになっておって廃墟の村のようじゃったが……よくわからんのぅ」

「それは、ランサの村でしょう」


 神官は答えた。


「トバルの村とここの間には、ランサの村があります」

「ランサというのか。じゃが、もうあそこは何も残っとらんぞ。全部燃えてなくなってしまったからのぅ」

「そうですか。……誰か会いましたか?」

「いいや、何もないと思って素通りしたわい。……誰かとは?」

「村人や、あるいは私たちのような神官とか。あの村にも教会はありましたから」

「誰もいなかったんじゃが……。ひょっとして廃村じゃなかった?」

「……」


 神官は黙り込む。運転席で話し込んでいる間に、三人目の神官が自動車の後ろに周り、荷台を覗き込んだ。それに気づいたエキナが手を振ると、その神官は困ったような顔を浮かべつつ退散した。失礼しました、というやつである。

 運転席のギプスの前の神官は、笑顔になった。


「いや、わざわざありがとうございました。我々はこれからランサの村に行く予定だったのですが、お話が聞けてよかった。あなた方の旅に神の加護がありますように――」

「どうも……。あんたらにもな」


 前が空き、ギプスはゆっくりとアクセルを踏んで車を走らせた。黙っていたラトゥンは息をつき、荷台からはクワンの盛大な安堵が漏れ聞こえた。


 正規の検問所ではないが、聖教会に知られると面倒な『お荷物』を抱えているので、無事切り抜けられてホッとする。

 ギプスは口を開いた。


「ラトゥン、あれ、どう思う? 奴ら、これからランサの村に行くと言っておったが」

「多分、行くのは本当だろう」


 炎の悪魔がどうなったか確認する意味も込めて。ギプスは眉間にしわを寄せる。


「怪しまれたと思うか?」

「どうかな。悪くなかったと思うがな」


 蒸気自動車は街道を走る。



  ・  ・  ・


「今の車は、ランサの村からか?」


 聖教会のキャンプ、天幕の一つに鎮座する神父が尋ねると、先ほど蒸気自動車の運転手と話をした神官は首肯した。

「はい。廃墟となった村を通過したと言っておりました」


「……クラーテルと会ったのか?」

「いえ、誰とも会っていないと言っておりました」

「妙じゃないか」


 神父は、大仰に言った。


「村を焼き払ったクラーテルが、通行する車を見過ごすと思うか?」

「十中八九、止めるでしょう」


 神官は事務的に答えた。


「そこで話をして通過したなら、誰にも会っていないはありえません」

「そういうことだ」


 神父は立ち上がる。


「奴を無視して通過はほぼ不可能。教会の地下にいる間に通過したということも考えられなくもないが――」

「いえ、連中はランサの村を廃墟と言ったので、それはないかと」


 神官は告げた。もしクラーテル――炎の悪魔が破壊工作をしている最中であれば、一帯は激しく燃え上がり、通行することはできなかっただろう。


「これは、近頃、世間を騒がせている悪魔狩り……。暴食の可能性もあるかもしれません」

「クラーテルと会っていない。そして奴も戻っていない。……クサいな」


 神父は天幕を出る。


「クラーテルほどの悪魔を倒せる人間など、そうはおるまい。これは調べる必要があるな」

「追跡しますか?」

「無論だ。……ついでに近場の連中にも警告を出しておけ。そうだ」


 神父はそこで思い出す。


「青の連中が近くのグレゴリオ山脈にいるだろう。あいつらにも知らせておけ」

「承知しました」


 神官はその場を離れる。ただちにキャンプの撤収準備が進められ、神官たちは蒸気自動車に乗り込む。


「さあ、追跡を始めよう」


 神父もまた車に乗り、街道を聖教会の車列が走り出した。彼ら異端審問官。聖教会の教えに反する者たちを取り締まり、処分する者たちだ。

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