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第126話、追尾する者たち


「追ってきますね……」


 エキナは、遥か後方から街道を走ってくる車列を見やる。クワンが顔を出す。


「さっきのキャンプの連中か?」

「おそらく」


 幌付きで、潜んでいたクワンたちは、外の様子をほとんど見れなかった。前からラトゥンが荷台にやってくる。アリステリアが足を引っ込める。


「気をつけて。ここは狭いんですから」

「悪い」


 最初はエキナだけだったが、クワンが増え、アリステリアが増えた。毛布や道具などもあるから、かなり狭くなっている。

 ようやく最後尾についたラトゥンは、視力を強化し、追ってくる車を見る。


「間違いないな。奴らだ」


 何がランサの村に行く予定だ。がっつりこちらに来ているではないか。


「予定は変更になったということだな」

「これ、おれたちを追っているのだと思う? ラトゥンの旦那」


 クワンが尋ねる。急な用事ができて、ランサの村ではなく王都方面に引き返しているだけの可能性はないか、と彼は言っているのだ。


「よほどの急用でなければ、追い上げては来ないと思うが」


 ギプスの蒸気自動車との間隔が、少しずつ狭まってきている。彼らがスピードを上げているからだ。


「こちらに追いつこうとしているように見える」

「もし違ったら? こちらから仕掛けて、逆に気づかれていなかったのにバレてしまうとかないか?」

「……」


 怪しいと判定されたから追われているのだろうが、実は偶然で追尾されているように見えただけだったなら、確かに仕掛けるのは今後のことを含めてもよろしくはない。


 だがラトゥンからすれば、あれは聖教会であり、悪魔もいるかもしれない。全滅させることに躊躇う理由はないが……。


 ――もしあの中に自動人形兵がいたら……?


 迷いなく破壊することができるだろうか。それに、ラトゥンには、もう一つ気懸かりがある。暴食の力を使うことで、自身を喪失してしまうかもしれない恐れ。これまでのように、やたらめったに仕掛けることは、目的の一つである人間に戻ることに、悪い影響をもたらす可能性があった。


 避けられるのなら、大聖堂までに戦闘は避けるべきではないか。


「……ギプス、一度、街道を外れろ」


 ラトゥンの指示に、ギプスはハンドルを切った。街道を出て、ガタガタが酷くなる。道なき道を行くことしばし――


「追ってきました!」


 エキナが叫んだ。聖教会の車群も街道を出て、こちらへ向かってくる。明らかにラトゥンたちの車の後を追ってきている。


「これではっきりしたな」


 追跡が明確にした今、停車したところで追いつかれ、取り調べは間違いない。それで聖教会の有名人であるアリステリアがいて、指名手配されている説濃厚のクワンがいれば逮捕、拘束されるだろう。

 見かけたのはただの神官だったが、積極的な追尾を見て、戦闘もこなせる武装神官だと思われる。


「一戦は避けられないな」

「わしらも指名手配か?」


 ギプスが皮肉げに言った。ラトゥンは苦笑する。


「彼らに名前を明かしたのか? だがドワーフが運転するこの車は、もう注目されているかもしれない」

「じゃろうな。特にヘマをしたおぼえはないが追われておるからのぅ。仕方ない」


 ギプスは街道に車を戻した。速度を緩めつつ口を開く。


「ラトゥン、運転を代われ。奴らに目に物見せてやる!」


 一度停車。素早く運転席から荷台へ移動するギプス。ラトゥンが運転席につき、ブレーキを外してアクセルを踏む。追っ手の車列との距離が大幅に縮まった。


「もうそこまで来てる!」


 慌てるクワンだが、その隣にギプスは機関銃を持ってやってくると、設置して銃口を後方に向けた。


「耳を塞いどれ! ぶっ放すぞっ!」


 ドドドドッ、と機関銃が火を噴いた。猛烈な勢いで吐き出された銃弾は、先頭の蒸気自動車に吸い込まれ、その車体を軽くぶち抜く。


 そもそも機関銃に撃たれることを想定していなかった車は、たちまち機構を破壊され蒸気を噴き出す。運転席と、荷台にいた神官たちを蜂の巣にした。


 先頭がふらつけば、後ろの車列も乱れる。煙を吹きつつ、速度が落ちた先頭車と衝突しないようハンドルを切ったり、あるいはブレーキをかけたり。


「ふははははーっ!」


 ギプスは機関銃のトリガーを引き続け、後続車を次々にスクラップに変えていく。運転手を撃たれ、制御を失った車が逸れる。追っ手は、たちまち壊滅的被害を受けて、追跡どころではなくなった。


「……ふん、ざっとこんなもんじゃい!」


 機関銃を戻しながら、ギプスは前へと移動する。クワンとアリステリアは機関銃の連射が終わっても両耳を塞いだままだった。


 一方、運転を引き継いでいたラトゥンは、発砲音がしなくなったので終わったと想像し、アクセルを緩めた。


「終わったのか?」

「おう、全部やっつけた」


 ギプスは助手席側に座った。運転は代わらないのか、とラトゥンが思っていると、腕を組んだままのギプスは言った。


「しばらく転がしておけ。万が一、まだ奴らに車が残っておったらまた対処しないとならんしな」

「そうだな」


 ラトゥンは頷いた。敵が現れたら、いちいち運転を代わるのも面倒ではある。


「今更だが、ついに聖教会相手に撃ってしまったな」


 これまでラトゥンは聖教会を相手に戦ってきた。エキナもそれに加わったが、ギプスはまだ直接撃ってはいなかった。何なら、まだ部外者でいることも可能だったが、直接手を下した以上、もう彼も聖教会と明確に敵対したと言ってよい。


「聖教会の悪事を知ってしまったからのぅ。これで素知らぬフリを決め込んだら、ドワーフとして終わりじゃと思う」


 ジロリとギプスは視線を寄越す。


「今更巻き込んで悪かったとか、言うんじゃないぞ。引き金を引いたのはわしじゃ。わしの意思じゃ。お主に強制されたわけじゃない」


 そうだな、とラトゥンは頷いた。すまない、と言葉が出かかり、ラトゥンはそれを呑み込んだ。


 内心では巻き込んでいる後ろめたさがあったのだと、改めて自覚する。出会わなければ、ギプスは今も聖教会の闇を知ることもなく、平和に過ごしていただろうから。

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