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第127話、王都トレランティア


 神殿騎士団青の団の団長シデロス卿は、街道で破壊された聖教会の蒸気自動車の残骸を見つめる。

 周りには、青の団の団員たちがいて、すでに腐食がはじまっている死体の回収が行われていた。


「どうだ、副長」


 シデロスが尋ねると、大破した車を検分していたシュペールが振り返った。


「破壊された原因は、銃によるものです。ただ、従来のものより威力が段違いです」

「だろうな」


 ここまで穴だらけになっている車の残骸は、長銃を何十丁集めても、このようにはできそうにない。

 威力はもちろん、開けられた穴の数も異常で、果たして何人の敵対者がいたのか、想像もできない。


「例の逃走車と思って来たのだが……」


 シデロスは呟く。魔女の谷から出てきた蒸気自動車。聖教会がマークしている独立傭兵かと思われたが、肝心の独立傭兵はいない上に、乱入したワイバーンのせいで見失ってしまった。

 暴食ではないかもしれない、と思ったが、異端審問部から怪しいと通報があったので、捜索を切り上げて駆けつけたが、その異端審問部隊は全滅していた。


「何にやられたというのだ」


 暴食の手口ではない。複数台の車を乗っている者ごと破壊し、全滅させられるには、いったいどれほどの人数が必要だろうか。


「聖教会に盾突く集団がいたとでも言うのか」

「待ち伏せでしょうかね」


 シュペールは首を捻った。


「人員を展開する余裕がなかったようにも見えます」


 すでに死体は動かしてしまっているが、話を聞く限り、異端審問官らの大半が車ごとやられていたという。普通、集団と戦闘ともなれば、車から下りて行うものだ。


「しかし、この見通しのよい場所で、待ち伏せ。それも集団は隠れるのが困難ではないか?」


 辺りを見回しても、街道の周りは草原が広がっている。おそらく伏せていたのだろうが、とても待ち伏せに向いた地形とも思えない。


「わからないことだらけですな」


 シュペールは言った。


「例の逃走車を追ったと思われた異端審問部が、待ち伏せされる……。それ自体、ちょっと考え難いです」


 本当に待ち伏せだったのか、と副長は疑問を口にした。


「逃走車はなく、異端審問部の車両だけがやられた。街道を通る者を襲う野盗の類いなら、逃走車も攻撃されていないとおかしい――」

「それはわかりませんよ」


 神殿騎士のケイルが話に加わってきた。


「盗賊が仕事の邪魔だろう聖教会の車列を攻撃し、逃走車は自分たちの獲物として捕まえて移動したと考えれば、あり得ると思いますが?」

「一理あるが……」


 シデロスは眉をひそめる。


「盗賊が、聖教会に仕掛けてくると思うか?」


 理由はわからないが、聖教会の車列が追っている車に手を出せば、報復を招く。治安出動した神殿騎士団に追われる可能性を考えれば、スルーするのがむしろ自然ではないか。


「危ない橋を渡る必要はない、ということですか」


 ケイルが頷けば、シュペールも言った。


「そもそも、盗賊がそんな沢山の銃を持っているか、という話にもなる。それこそあり得ない」

「武器を沢山持っている連中というのが何者か、と考える必要がある」


 シデロスは視線を鋭くさせた。


「ハンターですか?」

「いや、確かに武器の携帯を許されている職業だが、多数の銃を揃えているかと言えば疑問符がつく。これはもっとしっかりした組織だろう」

「組織……。まさか、反乱を企てている者たちが……?」

「世の中、何に不満を抱いているかわからないものだからな」


 シデロスもまた要領を得ない顔だ。


「個人で恨みを持つことは多々あれど、聖教会に組織だって歯向かう者たちはそうはいないと思いたいが……」

「どうしますか?」


 ケイルが尋ねた。異端審問部を襲った者たちが何者か。そして追っていた不審車はどうなったのか、ここで話していても埒が明かない。


「あの車を追おう」


 シデロスは決断した。

 結局、前回ワイバーンの乱入で滅茶苦茶にされてから、暴食の可能性のある独立傭兵も車も見失い、手掛かりがなかった。


 暴食と無関係の可能性もあるのだが、それらしい車の目撃情報があって、しかも通報してきた異端審問部が全滅するというイレギュラーまで発生した。これは追跡して、黒か白かはっきりさせる必要があるだろう。


「他に情報もない。それに、異端審問部の連中の仇を探してやってもよいだろう」

「はっ」

「では、ただちに」


 シュペールは、部隊に招集をかける。シデロスは一人、街道――異端審問部が向かおうとしていた方向を見やる。


「暴食は、王都方面に近づきつつあった。これは偶然か、それとも当たりか」


 その呟きに、答える者はいない。



  ・  ・  ・



「さあて、あれが王都トレランティアじゃ」


 王都が見える丘の上で、ギプスは告げた。街道を外れ、車を止めて遠景からそれを望む。他の面々は王都を知っているが、ラトゥンには初めて見る大都市だった。


「あれが……。城みたいだ」

「城塞都市でもあるからのぅ。普通は守りを優先して小さくなるもんじゃが、王国一の大都市で、かつ城壁に囲まれておる。さらに内部にもいくつも壁や防衛施設があるが、それを感じさせないほど大きいんじゃよ」

「あそこに住民も大勢住んでいるのか……」


 これを見てしまうと自分が田舎者であることを思い知らされる。


「あの中に、聖教会の大聖堂があるのか」


 目的地である悪魔どもの巣窟。王都には幾つもの尖塔や城壁が見え、一見すると城の一部なのか、大聖堂なのか見分けがつかないものが複数あった。


「中に入れれば、案内もできよう」


 ギプスは鼻をならした。


「じゃが、当面の問題がある。……どうやって王都に入るか、じゃ」


 振りかえれば、聖女と言われたアリステリアがいて、居心地悪そうなクワンもいる。正面から行けば、門番からも尋問されそうな取り合わせである。


「さらに、わしらも聖教会側から睨まれておる可能性がある。車で移動するのも、ちと危ないかもしれん」

「一芝居が必要になる、か……?」

「用心するにこしたことはないと思うんじゃがな」


 ギプスの言葉に、ラトゥンは同意する。言ってみれば、王都は敵地だ。警戒はいくらしてもしたりることはないだろう。

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