神殿騎士団青の団の団長シデロス卿は、街道で破壊された聖教会の蒸気自動車の残骸を見つめる。
周りには、青の団の団員たちがいて、すでに腐食がはじまっている死体の回収が行われていた。
「どうだ、副長」
シデロスが尋ねると、大破した車を検分していたシュペールが振り返った。
「破壊された原因は、銃によるものです。ただ、従来のものより威力が段違いです」
「だろうな」
ここまで穴だらけになっている車の残骸は、長銃を何十丁集めても、このようにはできそうにない。
威力はもちろん、開けられた穴の数も異常で、果たして何人の敵対者がいたのか、想像もできない。
「例の逃走車と思って来たのだが……」
シデロスは呟く。魔女の谷から出てきた蒸気自動車。聖教会がマークしている独立傭兵かと思われたが、肝心の独立傭兵はいない上に、乱入したワイバーンのせいで見失ってしまった。
暴食ではないかもしれない、と思ったが、異端審問部から怪しいと通報があったので、捜索を切り上げて駆けつけたが、その異端審問部隊は全滅していた。
「何にやられたというのだ」
暴食の手口ではない。複数台の車を乗っている者ごと破壊し、全滅させられるには、いったいどれほどの人数が必要だろうか。
「聖教会に盾突く集団がいたとでも言うのか」
「待ち伏せでしょうかね」
シュペールは首を捻った。
「人員を展開する余裕がなかったようにも見えます」
すでに死体は動かしてしまっているが、話を聞く限り、異端審問官らの大半が車ごとやられていたという。普通、集団と戦闘ともなれば、車から下りて行うものだ。
「しかし、この見通しのよい場所で、待ち伏せ。それも集団は隠れるのが困難ではないか?」
辺りを見回しても、街道の周りは草原が広がっている。おそらく伏せていたのだろうが、とても待ち伏せに向いた地形とも思えない。
「わからないことだらけですな」
シュペールは言った。
「例の逃走車を追ったと思われた異端審問部が、待ち伏せされる……。それ自体、ちょっと考え難いです」
本当に待ち伏せだったのか、と副長は疑問を口にした。
「逃走車はなく、異端審問部の車両だけがやられた。街道を通る者を襲う野盗の類いなら、逃走車も攻撃されていないとおかしい――」
「それはわかりませんよ」
神殿騎士のケイルが話に加わってきた。
「盗賊が仕事の邪魔だろう聖教会の車列を攻撃し、逃走車は自分たちの獲物として捕まえて移動したと考えれば、あり得ると思いますが?」
「一理あるが……」
シデロスは眉をひそめる。
「盗賊が、聖教会に仕掛けてくると思うか?」
理由はわからないが、聖教会の車列が追っている車に手を出せば、報復を招く。治安出動した神殿騎士団に追われる可能性を考えれば、スルーするのがむしろ自然ではないか。
「危ない橋を渡る必要はない、ということですか」
ケイルが頷けば、シュペールも言った。
「そもそも、盗賊がそんな沢山の銃を持っているか、という話にもなる。それこそあり得ない」
「武器を沢山持っている連中というのが何者か、と考える必要がある」
シデロスは視線を鋭くさせた。
「ハンターですか?」
「いや、確かに武器の携帯を許されている職業だが、多数の銃を揃えているかと言えば疑問符がつく。これはもっとしっかりした組織だろう」
「組織……。まさか、反乱を企てている者たちが……?」
「世の中、何に不満を抱いているかわからないものだからな」
シデロスもまた要領を得ない顔だ。
「個人で恨みを持つことは多々あれど、聖教会に組織だって歯向かう者たちはそうはいないと思いたいが……」
「どうしますか?」
ケイルが尋ねた。異端審問部を襲った者たちが何者か。そして追っていた不審車はどうなったのか、ここで話していても埒が明かない。
「あの車を追おう」
シデロスは決断した。
結局、前回ワイバーンの乱入で滅茶苦茶にされてから、暴食の可能性のある独立傭兵も車も見失い、手掛かりがなかった。
暴食と無関係の可能性もあるのだが、それらしい車の目撃情報があって、しかも通報してきた異端審問部が全滅するというイレギュラーまで発生した。これは追跡して、黒か白かはっきりさせる必要があるだろう。
「他に情報もない。それに、異端審問部の連中の仇を探してやってもよいだろう」
「はっ」
「では、ただちに」
シュペールは、部隊に招集をかける。シデロスは一人、街道――異端審問部が向かおうとしていた方向を見やる。
「暴食は、王都方面に近づきつつあった。これは偶然か、それとも当たりか」
その呟きに、答える者はいない。
・ ・ ・
「さあて、あれが王都トレランティアじゃ」
王都が見える丘の上で、ギプスは告げた。街道を外れ、車を止めて遠景からそれを望む。他の面々は王都を知っているが、ラトゥンには初めて見る大都市だった。
「あれが……。城みたいだ」
「城塞都市でもあるからのぅ。普通は守りを優先して小さくなるもんじゃが、王国一の大都市で、かつ城壁に囲まれておる。さらに内部にもいくつも壁や防衛施設があるが、それを感じさせないほど大きいんじゃよ」
「あそこに住民も大勢住んでいるのか……」
これを見てしまうと自分が田舎者であることを思い知らされる。
「あの中に、聖教会の大聖堂があるのか」
目的地である悪魔どもの巣窟。王都には幾つもの尖塔や城壁が見え、一見すると城の一部なのか、大聖堂なのか見分けがつかないものが複数あった。
「中に入れれば、案内もできよう」
ギプスは鼻をならした。
「じゃが、当面の問題がある。……どうやって王都に入るか、じゃ」
振りかえれば、聖女と言われたアリステリアがいて、居心地悪そうなクワンもいる。正面から行けば、門番からも尋問されそうな取り合わせである。
「さらに、わしらも聖教会側から睨まれておる可能性がある。車で移動するのも、ちと危ないかもしれん」
「一芝居が必要になる、か……?」
「用心するにこしたことはないと思うんじゃがな」
ギプスの言葉に、ラトゥンは同意する。言ってみれば、王都は敵地だ。警戒はいくらしてもしたりることはないだろう。