王都に入る。やましいことがなければ、何も問題はないのだが、残念ながらやましいことだらけのラトゥンたち一行である。
「一番目立つのは、やはり聖女さんじゃろうな」
ギプスは指摘した。アリステリアは、聖女として主に王都で活動していた。王都にいる者の中では、顔くらい見たことがある人間の上位であろう。つまり目撃情報があれば、すぐに噂になって、聖教会の耳にも入るということだ。
「いやいや、旦那もあんま人のこと言えないぜ?」
クワンがギプスを指さした。
「この車がマークされているってことは、その運転をしていたドワーフも聖教会に情報として伝わっているぜ」
「ふん、そこらの人間にドワーフの個人の区別なぞつくものか」
ギプスは鼻で笑う。
「車とセットでドワーフと覚えておる程度じゃろう。直接話した奴と出くわすならともかく、そうでない奴らは、車に乗ってなければわしじゃとわからんわい」
自信たっぷりのギプスであるが、ラトゥンも彼の意見に同意する。独立傭兵と行動を共にしている仲間にドワーフがいる程度の情報しか聖教会にはないだろう。名前も知らないドワーフなら、名乗ったところで、探している当人かさえわからないはずだ。
「人の心配しとらんで、お主のほうこそ、どうにかした方がいいんじゃないか?」
盗賊ラー・ユガー。聖教会から口封じ対象とされている可能性が高いが、盗賊であるから、普通ならば一般人からも目撃されたら通報されてしまう立場である。
「まあ、どこまで顔が割れているかわからないからなぁ……」
手配書に人相書きでもあれば危ないが、王都のどれくらいが、クワンの顔を見て、ラー・ユガーとわかるか不透明だった。
「聖教会と王都の警備部門には、手配書が回っておると考えたほうがええじゃろ」
王都警備隊からすれば、犯罪者を入れたくはないから、理由の如何に問わず、指名手配されている者については、一通り頭に入っているのではないか。
「そうなると、やっぱり変装しないといけないかな」
クワンは、エキナとラトゥンを見た。視線に気づいたエキナは、にっこり。
「わたしは、素顔がバレてないので、このままでも特に問題ないはずです」
王都にいた頃は、処刑人として普段から仮面で顔を隠していた。だからその素顔を知る者は、王都にはほぼいない。
一同の視線がラトゥンに集まる。
「俺は……顔を変えるくらいお手のものだからな」
元々人間に化けている暴食――ラトゥンである。試しに顔を変えると、周りから「おお!」と驚きの声が上がった。特にアリステリアは興味津々だ。
「凄い、本当に別人だわ。……ちなみに誰?」
「どこぞの神官」
暴食の腕で喰らった聖教会の人間だと思う。その気になれば取り込んだ神殿騎士の顔も作れるが、そこにくると知っている人間もちらほらいるかもしれないので、避けようとラトゥンは考えている。
「どうりで、どこかで見たような気がしたわけだわ」
アリステリアは言った。ラトゥンは目を見開く。
「それ本当?」
だとしたら、もう少しアレンジを加えないと、おぼえのない人間から知り合いに勘違いされて声をかけられてしまうかもしれない。
「それはそれとして、お主らどうするんじゃ?」
ギプスが、クワンとアリステリアに言った。
「車は近くに隠すとして、王都に入るにしても、そのままじゃダメじゃろ」
「どうしましょうか?」
アリステリアはお手上げというように肩をすくめる。クワンは言った。
「道具さえあれば、多少は変装できるけど……ないんだよなぁ」
「どういうのが欲しいんだ」
ラトゥンは手を挙げた。
「教えてくれば、作れるかもしれない」
魔力で物を生成することができるのだ。機械のように精巧なものは無理だが、衣服などなら大体のところは作れる。……そっくりそのままコピーしろ、と言われと、少々厳しいが。
・ ・ ・
「ほう、ハンターね。ドワーフのハンターとは珍しい」
「わしの出身じゃあ、半分はドワーフじゃぞ」
門番は、ハンター証を見て、背の低いドワーフ――ギプスへと視線を戻した。
「ギプス・ギプス・ギプス――ギプス・ギプスの六番目の息子。……これ本当?」
「ハンター証に嘘が通るとでも?」
ギプスが鼻息荒く返せば、門番はもう一度、証を見直した。
「まあ、これは正規の発行品だしなぁ。バウークの町出身。……王都には何しに?」
「王都を活動拠点にしようと思ってのぅ。田舎は暇でな」
「それはそれは。むしろ田舎の方が、モンスターが出現するんじゃないかと思っていたが」
「つい先日ゴブリンの群れが出おってのぅ。仕事がゴブリンだらけで嫌気がさした、というところじゃ。あいつら倒しても報酬安いからのぅ」
「あー、やっぱりそうなのか。ゴブリンは安物って印象あったけど」
頷きながら門番は、ハンター証をギプスに返却した。
「行ってよし。面倒だけは起こしてくれるなよ。都会と田舎じゃ流儀が違うからな」
「肝に銘じておくわい。じゃあの」
ギプスは、一人王都の門をくぐった。門番は苦笑しつつ、順番を待っていた次の者を呼んだ。その隣で審査していた門番は、三人組の相手をしていた。
「――トバルの村の出身ね」
「井戸の村って知ってます?」
若い村娘――エキナが明るい調子で言った。門番は首をかしげる。
「聞いたことがある気がする。行ったことはないが。……それで今回、王都に来たのは?」
「買い物です!」
明るい村娘その二――アリステリアが、はきはきと答えた。
「村で結婚式があるので、そのドレス作りの素材を調達をしに」
「へぇ、結婚かぁ、おめでたいねえ。ちなみに結婚するのって、キミたちのどっちか?」
「両方です! ねー」
と、アリステリアがエキナの腕をとる。
「わたくし、いえ私たちは姉妹で、それぞれ結婚するので、それでなんですよ」
「へぇ……。結婚用のドレスって自分たちで作るものなの?」
「そうですよ。自分たちが着るものなんですから、当たり前じゃないですか!」
「あー、そうなのか、すまないすまない。そっちの方面は詳しくなくてね」
門番は逃げるように視線を青年――ラトゥンに向けた。槍にもなりそうな棒を持った素朴な若者である。
「で、どちらかがそのお相手?」
「いや、俺は――」
「わたしたちの兄さんなんです」
エキナがラトゥンの腕をとった。
「お婿さんは結婚式まで花嫁のドレスは見ちゃいけないんです。だから、兄さんが道中の護衛に付き添っているんですよ」
「お兄さん。それは……妹二人が結婚って、おめでとうなのかな……?」
「……」
「ああ、余計なことを言ったな。家族としては複雑かもしれない。――証明書なし、通行料は発生するが問題ないな?」
「問題ない」
王都通行のお金を支払い、三人は王都へ入ることを許された。