目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第129話、どっちが妹?


 王都トレランティアは、人に溢れていた。日が高いうちは、人の往来も多い。

 王都に入ってまっすぐ伸びる大通り。その少し先には噴水の広場となっているが、戦時だと軍団の待機場として活用されるのだろう。


 しかし今は平時で、商人らの待ち合わせ場所や交流場になっているようだった。同時に曲芸師や吟遊詩人などもいて、物珍しさに人が集まり、賑やかでもあった。


「これが王都か……」


 初めてきたラトゥンは、その活気づいた雰囲気に感心する。都会にきてしまったのだと実感した。


「そう、ここが王都よ」


 アリステリアが、懐かしそうに目を細めた。そんな彼女は、どこにでもいそうな村娘姿。ラトゥンが魔力の生成で衣装を用意したが、言ってみれば彼のイメージなので、町娘として馴染む格好なのは当然である。


 だが、王都では有名人であるアリステリアが、顔バレしないか心配していたのは事実だった。服装を変え、さらに髪も三つ編みにして素朴さを増したとはいえ、その程度で門番は誤魔化されるのか、と。

 しかし結果的に、怪しまれた様子はなかった。


「ん、何? そんなジロジロと見て」


 視線に気づくアリステリアである。ラトゥンは正直に答えた。


「案外バレなかったな」

「ええ、それはもう! 完璧な変装ですからね!」


 胸を張るアリステリア。変装というには簡素なもので、何か特別なメイクなどはしていないが。

 エキナなどは苦笑している。こちらも村娘姿で、普段の黒い衣装ではないからどこか新鮮だった。


「――なんて、人前であんなにはしゃぐようなことがなかったから、王都の人たちもそんなわたくしは知らないでしょう」

「はしゃぐ?」

「はしゃいでなかったかしら?」


 アリステリアはエキナの腕をとって、くるくると回った。仲のよい友達同士に見えなくもない。設定では『姉妹』だった。


「そういえば、どっちが姉で、妹なんだ?」

「わたしが妹――」

「わたくしが妹――」


 二人の声が被った。そして両方とも妹であると主張した。


「わたしの方が年下だと思うんですけど?」

「えー、わたくし、エキナより妹だと思うけれど」

「それ、わたしが聖女様より年上に見えるとか――」

「しーっ、ここでは聖女様、禁止!」


 アリステリアが指を立てた。妹である主張を遮られたエキナも、視線を辺りに飛ばす。


「そうでした、アリス――」


 アリステリアという名前は、聖女として知れ渡っているので、『アリス』と呼ぶように打ち合わせてあった。愛称だが、その名前自体は珍しくないので、それでいくことにしたのだ。


「アリスお姉さん」

「あ、何気にわたくしを姉にしたわね!」


 仲のよい姉妹のようにじゃれ合う。二人である。噴水の近くに行き、ラトゥンは腰を下ろした。

 ギプスは通過し、宿を探しに行った。ラトゥンたちは最後に来るクワンを待つ。


「エキナお姉ちゃん!」

「くぅーっ、可愛いですけど、可愛いですけど! アリスお姉さんに言われると、何か違うんですよ! わたしの方が妹ですよね、ラトゥン兄さん!」

「何気にこちらを巻き込まないでくれるか」


 ラトゥンは、どうでもいいとばかりに手を振る。こちらは問答無用で二人の兄にされてしまった身である。エキナ、そしてアリステリアからも『兄さん』呼びされてしまった。


 ――悪い気はしないけど。


 ラトだった頃から妹はいなかったが、幼い頃のエキナにはそれに近いものを感じていたかもしれない。


「ラトゥン」


 アリステリアが自身の腰に手を当てて仁王立ちになる。


「どちらが妹だと思う? わたくしよね?」

「いいえ、わたしです!」


 エキナが口を挟む。ラトゥンは腕を組んだ。


「どっちも俺の妹なんだろう?」

「そうですけど、そうじゃなくてですね……」

「馬鹿なフリはやめて、ラトゥン。わかっているくせに」


 本当にどちらでも構わないラトゥンである。そもそも芝居の中の話であり、本当に血縁関係を結んで兄妹になるというわけではない。そもそも、今後その設定は使われるのか。


「何やってんだよ、御三人さま」

「……来たか、クワン」


 最後に門を抜けたクワンが追いついた。いたって普通の旅装。ただし、髪をポニーテールに、顔にフェイスペイントをしている。ちょっと、いやかなり目立つ。


「よくそれで通れたな……」


 素直な感想をラトゥンが言えば、クワンは肩をすくめる。


「インジェッタ族の伝統的な格好なんだよ」

「イン……何? 聞いたことがないが」

「わたくしも」


 アリステリアもエキナと顔を見合わせれば、クワンはニヤリとした。


「それでいいんだ。知っている部族だとボロが出やすいからな。誰も知らないのがいいんだよ」

「……なるほどな」


 ラトゥンは納得した。確かに、知っているのと知らないのとでは、受け取り方も変わってくる。


 クワンは、ラー・ユガーとして手配されている可能性が大で、本来なら顔を隠したいところだが、下手にフードを被っても、門番が顔を見せろと言ったらおしまいだ。逆に目立つことで、警戒心を薄れさせるという意味では、これは正解なのかもしれない。フェイスペイントで印象が変わっているのも大きい。


「でも、よくそれで通れましたね」


 エキナが突っ込んだ。ラー・ユガーとはわからなくても、怪しすぎて王都入りを拒否される可能性もあった。


「それは、こう言ったんだよ。……『大道芸の偉い人に、誘われた。お金、いっぱい稼ぐ』って」


 やや片言で、クワンはそれを演じた。出稼ぎに王都にきました、というやつだ。しかも大道芸と聞いて、その格好は――と妙な説得力があった。


 ――なるほどね。これが怪しまれずに門を通った手腕か。


 嘘八百。相変わらず口の達者な男である。実際は女らしいが、こういう時、どういうのが正解か、ラトゥンも掴みかねている。


「それよか、アリス。あんた、もう少し変装に力入れたほうがいいかもだぜ」

「あら、どうして、クワン?」

「門番たちが噂してたぞ。聖女によく似た娘が通ったって」

「怪しまれたのか?」


 ラトゥンが尋ねると、クワンは首を横に振る。


「いいや。ただそっくりさんっているんだなー、みたいな雰囲気だったけどな。だけど、そういう噂が教会連中の耳に入ったら探しにくるかもしれない。……聖女の替え玉に使えるかも、ってな」

「そっちの方でか」


 それもあり得るとラトゥンも思った。今はどんなことでも注意を払うべきだから。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?