王都トレランティアは、人に溢れていた。日が高いうちは、人の往来も多い。
王都に入ってまっすぐ伸びる大通り。その少し先には噴水の広場となっているが、戦時だと軍団の待機場として活用されるのだろう。
しかし今は平時で、商人らの待ち合わせ場所や交流場になっているようだった。同時に曲芸師や吟遊詩人などもいて、物珍しさに人が集まり、賑やかでもあった。
「これが王都か……」
初めてきたラトゥンは、その活気づいた雰囲気に感心する。都会にきてしまったのだと実感した。
「そう、ここが王都よ」
アリステリアが、懐かしそうに目を細めた。そんな彼女は、どこにでもいそうな村娘姿。ラトゥンが魔力の生成で衣装を用意したが、言ってみれば彼のイメージなので、町娘として馴染む格好なのは当然である。
だが、王都では有名人であるアリステリアが、顔バレしないか心配していたのは事実だった。服装を変え、さらに髪も三つ編みにして素朴さを増したとはいえ、その程度で門番は誤魔化されるのか、と。
しかし結果的に、怪しまれた様子はなかった。
「ん、何? そんなジロジロと見て」
視線に気づくアリステリアである。ラトゥンは正直に答えた。
「案外バレなかったな」
「ええ、それはもう! 完璧な変装ですからね!」
胸を張るアリステリア。変装というには簡素なもので、何か特別なメイクなどはしていないが。
エキナなどは苦笑している。こちらも村娘姿で、普段の黒い衣装ではないからどこか新鮮だった。
「――なんて、人前であんなにはしゃぐようなことがなかったから、王都の人たちもそんなわたくしは知らないでしょう」
「はしゃぐ?」
「はしゃいでなかったかしら?」
アリステリアはエキナの腕をとって、くるくると回った。仲のよい友達同士に見えなくもない。設定では『姉妹』だった。
「そういえば、どっちが姉で、妹なんだ?」
「わたしが妹――」
「わたくしが妹――」
二人の声が被った。そして両方とも妹であると主張した。
「わたしの方が年下だと思うんですけど?」
「えー、わたくし、エキナより妹だと思うけれど」
「それ、わたしが聖女様より年上に見えるとか――」
「しーっ、ここでは聖女様、禁止!」
アリステリアが指を立てた。妹である主張を遮られたエキナも、視線を辺りに飛ばす。
「そうでした、アリス――」
アリステリアという名前は、聖女として知れ渡っているので、『アリス』と呼ぶように打ち合わせてあった。愛称だが、その名前自体は珍しくないので、それでいくことにしたのだ。
「アリスお姉さん」
「あ、何気にわたくしを姉にしたわね!」
仲のよい姉妹のようにじゃれ合う。二人である。噴水の近くに行き、ラトゥンは腰を下ろした。
ギプスは通過し、宿を探しに行った。ラトゥンたちは最後に来るクワンを待つ。
「エキナお姉ちゃん!」
「くぅーっ、可愛いですけど、可愛いですけど! アリスお姉さんに言われると、何か違うんですよ! わたしの方が妹ですよね、ラトゥン兄さん!」
「何気にこちらを巻き込まないでくれるか」
ラトゥンは、どうでもいいとばかりに手を振る。こちらは問答無用で二人の兄にされてしまった身である。エキナ、そしてアリステリアからも『兄さん』呼びされてしまった。
――悪い気はしないけど。
ラトだった頃から妹はいなかったが、幼い頃のエキナにはそれに近いものを感じていたかもしれない。
「ラトゥン」
アリステリアが自身の腰に手を当てて仁王立ちになる。
「どちらが妹だと思う? わたくしよね?」
「いいえ、わたしです!」
エキナが口を挟む。ラトゥンは腕を組んだ。
「どっちも俺の妹なんだろう?」
「そうですけど、そうじゃなくてですね……」
「馬鹿なフリはやめて、ラトゥン。わかっているくせに」
本当にどちらでも構わないラトゥンである。そもそも芝居の中の話であり、本当に血縁関係を結んで兄妹になるというわけではない。そもそも、今後その設定は使われるのか。
「何やってんだよ、御三人さま」
「……来たか、クワン」
最後に門を抜けたクワンが追いついた。いたって普通の旅装。ただし、髪をポニーテールに、顔にフェイスペイントをしている。ちょっと、いやかなり目立つ。
「よくそれで通れたな……」
素直な感想をラトゥンが言えば、クワンは肩をすくめる。
「インジェッタ族の伝統的な格好なんだよ」
「イン……何? 聞いたことがないが」
「わたくしも」
アリステリアもエキナと顔を見合わせれば、クワンはニヤリとした。
「それでいいんだ。知っている部族だとボロが出やすいからな。誰も知らないのがいいんだよ」
「……なるほどな」
ラトゥンは納得した。確かに、知っているのと知らないのとでは、受け取り方も変わってくる。
クワンは、ラー・ユガーとして手配されている可能性が大で、本来なら顔を隠したいところだが、下手にフードを被っても、門番が顔を見せろと言ったらおしまいだ。逆に目立つことで、警戒心を薄れさせるという意味では、これは正解なのかもしれない。フェイスペイントで印象が変わっているのも大きい。
「でも、よくそれで通れましたね」
エキナが突っ込んだ。ラー・ユガーとはわからなくても、怪しすぎて王都入りを拒否される可能性もあった。
「それは、こう言ったんだよ。……『大道芸の偉い人に、誘われた。お金、いっぱい稼ぐ』って」
やや片言で、クワンはそれを演じた。出稼ぎに王都にきました、というやつだ。しかも大道芸と聞いて、その格好は――と妙な説得力があった。
――なるほどね。これが怪しまれずに門を通った手腕か。
嘘八百。相変わらず口の達者な男である。実際は女らしいが、こういう時、どういうのが正解か、ラトゥンも掴みかねている。
「それよか、アリス。あんた、もう少し変装に力入れたほうがいいかもだぜ」
「あら、どうして、クワン?」
「門番たちが噂してたぞ。聖女によく似た娘が通ったって」
「怪しまれたのか?」
ラトゥンが尋ねると、クワンは首を横に振る。
「いいや。ただそっくりさんっているんだなー、みたいな雰囲気だったけどな。だけど、そういう噂が教会連中の耳に入ったら探しにくるかもしれない。……聖女の替え玉に使えるかも、ってな」
「そっちの方でか」
それもあり得るとラトゥンも思った。今はどんなことでも注意を払うべきだから。