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第131話、怪しい店


 その店は、一見すると薄汚れた建物に見えた。看板があるが、この辺りで見かけない文字に、アリステリアは首を傾けた。


「何て書いてあるのかしら?」

「『魔道具屋』って書いてある」


 ラトゥンが答えると、アリステリアは腕を組んで唸った。


「わたくし、文字については色々調べて覚えたのだけれど、こんな文字見たことないわ。どうしてラトゥンにはわかったの?」

「悪魔の文字だからだ」


 人間が使うものではなく、悪魔が使うもの。だから人間社会ではまず使われない。ラトゥンが読めるのは、暴食の記憶、そしてこれまで取り込んだ悪魔たちの影響だ。


「ふーん、悪魔ってこういう文字を使うんだ。それで――ここ、入るの?」

「一応、武具屋の紹介だからな」


 儀式用触媒探しで、目についた武具屋に入ったが、目当てのものはなく、店主に尋ねたらここを紹介されたのだ。


「地元の人間は知っているっぽいが……これは」


 ラトゥンは、ちら、とアリステリアを見る。


 悪魔の文字で書かれた看板のある店。人間社会に潜伏する悪魔が活用している店であろう。

 つまり、ここの客は人間よりも悪魔が多い。店の人間も悪魔だろう場所で、ひょっとしたら聖教会とも繋がりがあるかもしれない。


 だが、そういう店に正体を隠しているとはいえ、聖女をつれて入っていいものかどうか。ラトゥン一人だったなら、情報収集も兼ねて入店したのだが。


「入ってみましょ」


 アリステリアはさっさと店の扉を開けた。ラトゥンは言う。


「危なくないか?」

「一応、人も利用しているのなら、あからさまに悪魔が――」


 薄暗い店内。牛頭と鹿頭の人型――悪魔がいた。


「悪魔がいた――」


 下がろうとしたアリステリアだが、見えない力で中に引き込まれた。ラトゥンが手を伸ばしたが間に合わず、彼女は店の奥に引っ張られ、そしてラトゥンもまた見えない手のようなものに捕まり、引き寄せられた。


『おやおや、こんな店に入ろうなんて、物好きな人間もいたものだ』


 悪魔たちは笑った。


『食べてもいいよな?』

「っ!?」

「いいわけがない!」


 ラトゥンは左手から暗黒剣を抜くと、見えない手を両断。そして牛頭と鹿頭をそれぞれ瞬時に切り捨てた。


『ぐぁぁぁ、何故ェ……』


 絶命する二体の悪魔。


「ラトゥーン!」


 声がするので見れば、アリステリアがさらに店の奥へと引っ張られていく。


「くそっ!」


 あの見えない手の主は、先の二体ではなかった。追いかけるラトゥンだが、すでに彼女の姿は見えない。店の奥、地下へ続く階段が続いている。


「あの武具屋も、悪魔の仲間だったか」


 旅人と聞いて、悪魔のエサにしようという魂胆だったのかもしれない。住民なら行方不明になると角が立つが、旅人ならいなくなっても騒ぎになることはほぼない。


「まあいい。悪魔退治と行こう」


 ラトゥンは警戒しつつ、真っ直ぐ伸びる階段を下った。室内の空気が何やら薄く曇っているようだ。これは煙草だろうか。それともこういう匂いの香か。


 階段を下りきると、そこに広がっているのは酒場のような場所。ここは魔道具屋ではなかったのか?


「看板自体、嘘だったのか……?」


 丸テーブルが七つほど、それにバーカウンター。だが人はおろか、悪魔の姿もない。


「さらに奥か」


 ねっとりとした空気を感じた。誰かが見ている。そんな感じだ。


「――お客さん、ここは初めてかい?」


 突然の渋い声。そちらに目を向ければ、灰色の顔をした人間、否、悪魔がグラスを磨いていた。先に見回した時にはいなかったはずだ。


「お客さん、悪魔だろう? 臭いでわかるんだ。一杯どうだい?」


 敵意もなく、低い声の悪魔は、グラスを置くと、手に瓶を取った。


「その物騒なものをしまいなよ。おれとアンタは敵じゃない。そうだろう?」

「どうかな?」


 ラトゥンは剣の切っ先を向けたまま構える。


「悪魔だからといって味方とは限らないぜ」

「そりゃそうだ。……じゃあアンタがいきり立っているのは、先に通っていった人間が原因かな」


 トクトクと酒をグラスに注ぐ。


「アンタのお仲間だったのか。そりゃあ、悪いことをしたねぇ。素材と勘違いした」

「素材だと……?」


 何のことだろう。ラトゥンが眉をひそめれば、悪魔は首をかしげた。


「その様子じゃあ、ここがどういうところか知らないようだな」

「魔道具屋、だと書いていたあったがな」

「そう魔道具屋だ。それは間違っていない」


 ラトゥンがカウンターに来ないので、悪魔はグラスの酒を自分で呷った。


「魔道具というのは、魔力で何らかの効果を発揮する道具だ。魔法的な効果を発揮するもので……まあ、自分の魔力を使わずに効果が発揮されるのがメリットだな」

「レクチャーを受けなくても、魔道具が何なのかくらいは知っている」


 元ハンターをなめないでもらいたいところだ。魔法が使えない者が多い人間だが、ハンターともなると、高価だがそれらの魔道具を活用していた。高額ゆえ、持っている者は少なかったが。


「だが素材とは何のことだ?」

「人間のことだよ。魔法が不得意な種族でも、生き物であれば魔力を大なり小なり持っているものだ。ここでは人間や他の生き物を潰して、人工魔石を作っている」


 ――人工魔石……!?


 人工ということは魔石を人、いや悪魔の手で製造しているということか。それも人間や生き物を潰して作るということは、それらを魔石に加工しているということで。


「アリス!」

「急げばまだ間に合うかもしれないねぇ」


 悪魔の言葉に、ラトゥンは奥へと駆けた。カウンターの悪魔を相手している暇などない。早くしなければ、アリステリアが人工魔石にされてしまう!


「そうはさせない!」


 魔石とは、読んで字の如く、魔力を含んだ石だ。それは魔法武具や道具の素材に使われる。人を人工魔石にして、それを使って魔道具を作るのがこの魔道具屋なのだろう。まったく冗談ではなかった。


 ラトゥンは奥に踏み込むと、道なりに地下へ通じる通路、その階段を駆け下りた。


 そこは工房。壁に並べられているのは、淡い光を放つ魔石。おそらく人工魔石だろう。そしてその奥に宙に浮いているアリステリアと、それを見上げるゴブリンのような小型悪魔がいた。

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