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第132話、掴む、掴めない


『フヘヘ、これは凄い。人間にしては魔力が多くて、質が特上だ。これはよい魔石になるだろうなぁ』


 ゴブリンもどきは、下卑た笑みを浮かべると、魔力の手で掴んでいるアリステリアを、壁際の拘束台へと運んだ。


 これから人工魔石に加工するのである。生命体が凝縮され、無機的な石になる様は、この悪魔にとっては幸福を感じる時間だ。絶望に歪み、悲鳴などを上げてくれると、どうしようもなくすり潰されて消える一瞬が、とても切なく、甘美でもある。


 だが、彼の幸福は訪れなかった。

 荒々しく階段を駆け下りてきたラトゥンが飛び込んできたからだ。ゴブリンもどきは、それすら気づいていないほど、アリステリアに夢中だったから、反応した時には暗黒剣が彼の体を貫いていた。


『ごふっ!? な、にぃ……っ!』

「させんよ」


 ラトゥンは、そのまま力任せに剣を振るい、ゴブリンもどきの体を引き裂いた。飛び散る血。驚愕に目を見開いた悪魔は、核を失い、絶命する。


「ラトゥン……」


 アリステリアが心底安堵する声を発した。間に合ってよかった、とラトゥンは思うが、違和感をおぼえる。


「あの、ラトゥン? わたくし、いつまでこのままなのかな?」


 そうなのだ。アリステリアは、まだ宙に浮いていた。魔力に掴まれたまま。ゴブリンもどきは倒したというのに。


「っ!」


 まさに奇襲だった。ラトゥンは右側面から強烈な衝撃を受けた。見えない一撃。魔力の塊。

 とっさに気配を察して身構えたが、それでも壁に吹っ飛ばされた。


「くっ!」


 壁際にあった樽に腰をぶつけ、そして倒してしまう。派手な音を立てて、樽とその上にあった道具箱がひっくり返った。


「もう一体いたか……!」


 アリステリアをここまで引き込んだ魔力の手の持ち主が。


『オマエ、ナニモノだ……?』


 片言のようだが悪魔の言葉を発したそれ。ぼんやりと浮かぶシルエットは、人間であれば背丈二メートルほどの巨体。しかし全身魔力で覆われていて、よくわからない。輪郭がうっすらわかる以外で言えば、透明体というべきか。


『ナゼ、マイスターをコロシタ?』

「友人が人工魔石にされると聞けば、こうもなろう!」


 ラトゥンは左手からライトニングスピアーの魔法を放った。電撃弾は、透明悪魔の片腕――アリステリアへと伸びているそれを撃ち抜いた。魔力が攪拌され、腕は消失、アリステリアが床に落ちた。


「いったーいっ!」


 派手に尻餅をついた。これは痛いかもしれない。


『オノレェェ!』


 輪郭が残った腕を突き出し、ラトゥンに向かってきた。地下の照明おぼろけで、輪郭だけは非常に見えづらい。相手のスピードはもちろん、距離の取り方がわかりづらい。


 かろうじて右の一撃を回避。踏み込んできた輪郭悪魔の、千切れていた左腕が再生され、追い打ちのパンチ。ラトゥンは咄嗟に防御し、吹っ飛ぶだけで済ませた。またも背中が壁に激突した。


「こいつは、魔力の塊なのか……?」


 透明の術か何かだと予想したのだが、腕の再生が魔力を集めて形になったように見えた。普通の再生は、切られた部位から新たに伸びるように行われるものだ。

 試しにライトニングスピアーを連続して、輪郭悪魔に撃ち込む。その体を抉り、しかし電撃弾は後ろの壁にぶつかる。一時かき回された輪郭悪魔の体は、すぐに元に戻ったようだった。


「何なんだ、こいつは?」


 魔法が効いているようには見えない。だがこの悪魔の腕は、物を掴むことができて、殴ることもできる。


 ――かといって、腕を切り落としても、次の腕が再生するんだよな……!


 当たるということは触れるということだ。魔法は突き抜けたようにも見えたが、素通りしたわけでなく、その体の構成を乱した。体は存在する!


 ――なら、暴食で喰えるはずだ!


 向かってきた輪郭悪魔の右腕をキャッチするように左腕を突き出す。そしてその右腕を、暴食の手は喰らった。


『ウオオォ』


 輪郭悪魔が身を引いた。肘から先は、暴食によって失われた。


『オマエ、そのチカラ――』


 なくなった腕の周りに魔力が集まる。ラトゥンは畳み掛ける。輪郭悪魔が下がる。暴食の腕は輪郭悪魔の体を喰らう。

 だが敵も反撃した。突然形を変えて、ラトゥンの腹にパンチに等しい一撃を入れてきたのだ。


 構えもなにもなかったから、防御姿勢を取ることもできなかった。一気呵成に攻めかかっているところでのヒットに、ラトゥンの体はまともに吹っ飛ばされた。……これで三度目だ。


「こいつ、形を……」


 人型だった輪郭が変わる。巨大な蛇がとぐろを巻くような形になったかと思うと、槍のような透明な攻撃を三本放ってきた。

 とっさに回避。後ろの壁がその魔力の腕で砕かれた。


 ――アリステリアが危ないか……!?


 彼女は部屋の隅で小さくなっている。戦いに巻き込まれないよう、ラトゥンの邪魔をしないようにという配慮だろうが、輪郭悪魔の攻撃は部屋のどこにいても届きそうであった。


 ――下手に上に逃がしても悪魔しかいない。


 そこで逃げろと言っても無理というものだ。しかしここにいても、いつ流れた攻撃の巻き添えになるかわからない。

 しかも、輪郭悪魔はその形を形容しがたい何かに変えている。これは一体何の姿なのか、表現しようがないものになっている。それでも強いて言うならば、『異形』か。


 形がわからないものというのは、非常に攻撃しづらい。普通生き物には急所があるもので、体の作りによって有利不利な姿勢や行動も変わる。その動きから推測して、敵の攻撃を躱したり、弱いところを攻めるのだが、ほぼ透明なこともあって、その判断が目視ではつかない。


「やりにくいヤツだ……!」


 アリステリアは絶対運とも強運で、巻き添えにならないと期待して、ラトゥンは敵に集中する。


「間合いもわかりゃしない」


 どこまで踏み込んでいいのか。リーチはこの部屋のどこでも届くとはいえ、常にその攻撃ではない。相手の位置、姿勢などで最適な攻撃が変わる。だからそれに対するカウンターを考えるのだが、その形が掴めないときている。


「点で駄目なら……面ならどうだ!」


 左腕を正面にかざす。アリステリアは後ろ。前には輪郭悪魔。部屋の半分を焦がす勢いで――


「炎の濁流、燃え上がれっ!」


 一瞬、ランサの村を燃やした炎の悪魔のことが脳裏をよぎった。その悪魔は暴食が喰らった。この炎は、その悪魔の力だ。

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