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第133話、悪魔の所業


 炎で正面にいる輪郭悪魔を焼き尽くす。ラトゥンの放つ炎は、それを得意とする悪魔のもの。つまり威力については申し分ない。


 透明だが輪郭はわかるので、そこに敵がいて、当てることは難しくなかった。炎は魔力をも燃やす。


 魔力で体を構成しているらしい輪郭悪魔も、自身の魔力すら燃えているのか、身悶えし絶叫している。


 効いている。さすがは炎の悪魔の力。だが効果覿面の一方、炎は諸刃の剣だ。何せここは地下である。そこで強力な火を使うのは命取りだ。特に人間には。


「アリス!」


 ラトゥンは素早く引き下がると、身を低くしているアリステリアを抱えて、階段を駆け上った。


「倒せたの?」

「舌を噛むぞ!」


 危ないので黙らせるラトゥン。階段を駆け上り、酒場のようなフロアに戻る。そこにはバーのマスター風の悪魔と、人形のようなゴーレムが三体、通せんぼするように立っていた。


「困るよ、あんた。うちの職人を殺してくれちゃってさ」


 ラトゥンがアリステリアを下ろすのと同時に、ゴーレムが拳を振り上げて向かってきた。高速、高威力の拳を躱し、左腕の暴食を発動。一瞬でゴーレムの胴体を噛み千切る。


「まず一体」


 続くゴーレム二体も、手早く片付けるとラトゥンは暗黒剣を抜いて、マスター――灰色肌の悪魔に切っ先を突きつけた。


「武器があるなら、抜いてもいいんだぞ」

「わかった……っ。降参する!」


 悪魔は両手を挙げた。抵抗すると思ったから、あっさり悪魔が手を挙げたことに、ラトゥンは少し困惑する。


「あっさり諦めるんだな」

「おれは、荒事は苦手でね。何もしないから、そこの人間を連れてこのまま出ていってくれ」


 抵抗しなければ、ラトゥンたちは帰ると思っているようだった。奥に連れ去られた人間――アリステリアを取り戻せば、これ以上事を荒立てる理由はないというつもりか。舐められたものだとラトゥンは思う。


「俺は田舎者なんでね。いくつか質問に答えろ」

「何だ?」

「ここは人間を人工魔石に加工しているのだろう? いつからやっていた?」


 人工魔石と口にした瞬間、舌先がざらつくのを感じた。人間を魔石にするなど、身の毛もよだつ話だ。


「いつからって、さあ正確なことは覚えていないな。二十年、いや三十年くらいはやっているかな」

「……次の質問だ。ここは聖教会と関係があるのか?」

「聖教会?」

「どうなんだ?」

「……関係、といえば、取引で、魔道具の修理とか、人工魔石の売買とか、そういう付き合いはしているが」

「聖教会の一員ではないか?」

「違う。おれたちは、ただの悪魔だ。あんたもそうじゃないのか?」


 悪魔だから全てが聖教会に属しているわけではない。そういうことなのだろう。


「ちなみに、この店はどこの傘下だ?」


 適当にどこぞの組織と繋がっていないか聞いてみる。悪魔ではあるが、どうにもヤクザな空気を感じる。どこぞの非合法組織と繋がっているのではないか、と思ったのだ。人間でもそういう裏があるのだから、悪魔にもあるのではないか。


「あ、それ聞いちゃう?」


 灰色顔の悪魔は、そこでニヤリとした。


「ふうん、するとあんたも、どこかの組のモンだったか。うちは、フィエブレの一部なんだがねぇ……。馬鹿なことをしたもんだぜ、あんたもよぉ! 死ぬぜぇ、フィエブレの店にちょっかいを出したんだからなァ!」


 急に強気になる悪魔。悪魔同士の縄張りとか組織的対立に興味はなかったラトゥンだが、この悪魔の言う通り、さっさと立ち去っていたら、フィエブレとかいう悪魔の一団に付け狙われるところだった。


 職人を殺したとあれば、報復不可避だっただろう。聖教会の大聖堂に乗り込もうとしている身としては、別の悪魔集団と抗争をする暇などない。


「そうか、いいことを聞いた。フィエブレか……」

「ははっ、今さら頭を下げても遅ぇぞ――おうっ」


 悪魔の首が飛ぶ。ラトゥンが暗黒剣を振るい、切断したのだ。


「て、てめぇ!」

「後始末する理由を教えてくれてありがとう」


 床に落ち、しかしまだ生きている悪魔の頭を暴食の腕で喰らう。人間を加工している店というだけで、潰すに充分な理由がある。


「大丈夫か、アリス?」

「え、ええ、平気。ありがとう」


 アリステリアは立ち上がった。


「まさか普通の店に見えて、悪魔の店だったなんて……」

「普通の店には見えなかったがな」


 ボロい外観に、悪魔しか読めない字の看板。店だよ、と紹介されなければスルーされていた。これが普通の店と言えるのか。


「冗談はやめて」

「ああ、そうだな。人間を人工魔石に加工するとか、たちが悪い店だった」


 胸糞が悪いとは、このことだろう。あまりよく観察する余裕はなかったが、地下工房には、複数の魔石があった。あれはおそらく人間を素材にした人工魔石だったのだろう。そう考えると、腹立たしさがこみ上げる。


「こういうの、聞くまでもないかもしれないんだが……」


 ラトゥンは躊躇いがちに、アリステリアに確認する。


「地下に戻って、人工魔石を回収する気はあるか?」


 人工とはいえ魔石である。クワンの呪いを解除するために必要となる魔力を補う触媒として使うこともできるだろう。一応、触媒探しに王都を散策していたので、目当てのものに合致はする。

 ……恐ろしく使うことに抵抗があるが。


「ラトゥンはどう思う?」


 アリステリアは、答えず逆に問うてきた。


「人工魔石を使わなければいけないほど、切羽詰まっている状況かな?」


 ――それはつまり、切羽詰まった状況ならば、使うことも辞さない、と。


 それを一刻も早く使って呪いを解かねばならないとか、それを使わないと人が死ぬというのであれば、人工魔石がどうのと言っていられない。

 今がその状況なのかと言われると――


「いや、そこまで急ぎじゃない」


 クワンは早く元の体に戻りたいとは思っているだろうが、果たして人が犠牲になってできた魔石を使うことに、何も感じないとも思えなかった。第一、ラトゥンにしろアリステリアにしろ、気分のいいものではない。


「でも、このままにしておくのも、どうかと思うの……」


 アリステリアは暗い顔で言った。


「戻す方法はおそらくないでしょうけれど、悪魔たちに利用されて、最後は捨てられるというのは、あんまりだと思うわ」

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