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第150話、宿からの脱出


 神殿騎士団が来ている。

 ラトゥンは、今しがた借りたばかりの三階部屋にアリステリアといた。階下の、皆で泊まっていた部屋には、神殿騎士団の捜索が入った。皆、出払っているから、騒ぎにはなっていないが。


 下の様子を魔法で探るラトゥン。アリステリアが覗き込むように顔を近づけた。


「何かわかる?」

「下に三人。一人、伝令に走った。一階にも二、三人はいるだろう」


 入り口の見張りと、酒場を巡回した神官がいるのはラトゥンも確認している。宿の外には、もしかしたらさらにいるかもしれない。


「これからどうするべき?」

「ギプスやクワンと合流したい」


 彼らも手配書が出ているから危険を伝えたいところだが、すでに敵に目をつけられ、追われている、もしくは捕縛された可能性もある。


「エキナは大丈夫かしら。一緒に出かけたのではなくて?」

「外で見張らせている。……神殿騎士団がここを監視するようだから、早々に離れたほうが安全だろうが」


 今の人数の少ないうちに排除するべきだろうか? いや、それで増援が到着したら近くにラトゥンらがいると見て、この地区の封鎖をするかもしれない。そうなると身動きが取りづらくなり、脱出もより困難になる。


「ベストなのは、ここに来ている連中にも気づかれないうちに、ここを出ることだ」

「出られる?」

「宿の人間が、神殿騎士団に協力しているからな……」


 ラトゥンは姿を変えることで、手配書からは逃げられる。だが神殿騎士団も馬鹿ではないから、宿の人の出入りをチェックするはずだ。


 変装している場合も想定すれば、宿の人間に、泊まっている客かどうか確認し、見覚えのない人間だったら、『ちょっとお話よろしいですか?』と連行、身元を調べられるだろう。


「表から出るのは、得策ではないな」

「そうね……。じっくり見られたら、わたくしも正体バレしてしまうかも」


 アリステリアは頬を膨らませた。王都では有名な聖女だった彼女である。雰囲気を変えて素通りしたら気づかれなくても、足を止めてじっと観察されればわかってしまうに違いない。


「そもそも尋問でボロが出そうだしな」

「ちょっと、どういう意味? ……まあ、おそらく、そうなるでしょうね。わたくし、嘘をつくのは苦手だもの」

「面の皮は厚いと思っていたんだけどな。笑顔の裏では、本当は別のことを考えていたんじゃないか?」

「それも聞き捨てならないわね。……本音と建前というものについては、認めるのは吝かではないわ」


 少し楽しそうに笑みを浮かべるアリステリアである。


「で、冗談はそこまでにして。実際のところ、表は見張られているとして、時間が経てば神殿騎士が増えるわ。抜け出すなら早いほうがいいのはわかるけれど」

「時間に余裕がないのは本当だ」


 ラトゥンは眉間に皺を寄せる。


「他の部屋にも、神殿騎士が見回りに来る可能性もある。騒ぎになる可能性を考えて、宿泊客を別の宿に移動させるかもしれない」


 宿に帰ってきたラトゥンたち一同を捕まえるため、宿泊客全員、神殿騎士団員にする……など。


「そうなったら、客は並ばされて強制的な尋問一歩手前状態。怪しまれたら即連れ出される」

「そうなる前に出ないといけないわけね。――どうしたの?」


 アリステリアが尋ねる。ラトゥンが窓のそばに移動し、身を隠しながら外の様子を見始めたからだ。


「何が見える?」

「表の通りだ」


 今のところは、まだ普通。聖教会が出張っている様子もなく、通行人も何も知らず通り過ぎていく。エキナが潜んでいるだろう角は、この部屋からでは見えなかった。


 ラトゥンは窓を離れ、今度は扉の方へ。用心しつつ外の様子を確認。そして廊下の窓から外の様子を確認。


「裏の通りは狭く、人通りもなさそうだ」

「ここから出るの?」


 アリステリアが、二階の階段の方を見ながら問うた。神殿騎士が下の階から来ていないか気を配ったのだ。


「でも、この窓、小さくない? わたくしでもギリギリ通れそうだけれど、あなたには無理ではなくて?」

「姿を変えればいけるさ。ただ問題は、ここが三階だってことだ」


 ラトゥンはアリステリアを見た。


「下で受け止める。飛ぶ勇気はあるか?」

「あー……たぶん、大丈夫」


 自信がなさそうなアリステリア。だがすぐに頷いた。


「高い……。わたくし、もしかして高所恐怖症だった……?」

「こんなもの、高いうちには入らないさ」


 あまり大きいとは言えない窓から、ラトゥンはするりと抜ける。体のサイズを変える変身あればこそだ。

 下に飛び降り、そこで元の姿に戻ると、顔を上げる。


「アリス」

「……あぁ、もう。今思ったけれど、この窓、どうくぐるのが正解なの?」


 足から出して跨ぎ、そして窓をくぐると、表が見えず、後ろ向きで出る上に、足場がないので宙に足がぶらつく。


「怖い」


 直接高さを見ずに済むのはよい視点なのだが、先に記憶した高さを想像して、落ちたら怪我をするという潜在的恐怖が身をすくませる。腕を支点に体を支えているものの、外が見えないことが怖さを増幅させる。


「お尻から出して、たぶん、凄くはしたない格好なんでしょうね」


 不安になって廊下の先の階段を見る。早くしないと神殿騎士がやってくるかもしれない。

 アリステリアは目を瞑る。


「わたくしは運がいい。わたくしは運がいい。だからきっと大丈夫」


 聞こえないとは思うものの、聖女は呟いた。


「ラトゥン、お願いね……!」


 重心をずらし、流れるまま下へ落ちた。ぎゅっと目をつぶって衝撃に備えたら、すぐに抱き留められた。思ったより衝撃が大きかった。


「思ったより時間がかかったな」

「大丈夫だったかしら?」


 高いところから落ちた人間を受け止めるのは、相当のものだったのではないか。


「腕の骨とか、足、大丈夫だった?」

「君の手足はついているよ」

「わたくしじゃなくて、あなたよ」


 すっと下ろされ、ようやくアリステリアは自分の足で石畳の上に降りた。見たところ、ラトゥンは痛がる様子もなく、怪我などもしていないようだった。


「俺は平気だ。さあ、急ごう。連中に見つかるとまずい」


 さすが悪魔の体。妙な感心をしながら、アリステリアはラトゥンに続き裏路地を行った。

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