ハンターギルドの一階フロアを出ようとしたラトゥンだが、太々しさの滲む男の声に呼び止められた。
新人に絡んでくる先輩ハンターか――振り返るラトゥン。
生意気小僧、というのにはやや年を食った先輩ハンターだった。装備はファイターと言ったところ。見た目は軽いが、歴戦の実力者のように感じられた。
「よう、新人。登録済んだばかりだろうが、受付のねーちゃんの話はわかったかい?」
「ええ、まあ……」
正直、長居するつもりはない。さっさと切り上げて、エキナたちと合流したいというのもあって、そっけない態度になってしまう。
「オレはドリトル。まあ、ここらでは、ちったぁ顔の知れた先輩ハンターのお兄さんだ」
よろしく、とニコニコと愛想笑い。ラトゥンは怪訝な表情のまま、そうですか、とやはりそっけない。
「どうした、新人。テンション低いなぁ! せっかくハンターになれたのに、もっと元気出せよ! あ、そうか。登録したら正規のハンターじゃなくて研修ハンターなんて言われて、気分が盛り下がったんだな! わかるわかる」
腕を組んで、一人納得するドリトルという男。
「よし、じゃあここは一つ、研修から正規ハンターになるための早抜けのコツってのをレクチャーしてやろう。そこの休憩所で話そうか。――なに、オレが奢ってやるよ」
そう言いながら、ドリトルはラトゥンの肩に手を回し、強引に向きを変えた。こうなると断るにしても少々乱暴なことになり、角が立ちそうだった。変に注目されるのはよくないから、ラトゥンは渋々、先輩ハンターの誘導に歩調を合わせた。
・ ・ ・
「……うーん、これはわかんないな」
クワンは宿泊していた宿の周りを歩きながら呟いた。建物の中には入っていない。あからさまに張り込んでます、という雰囲気を漂わせる旅人衣装の者が複数人、目を光らせているのに気づいているからだ。
――あれじゃあ、待ち伏せしてますって言ってるようなものだよなぁ。
ラー・ユガーとして盗賊団を率いていたクワンである。
騎士団の兵らが化けているのだろうが監視の仕方が素人丸出しで、笑いを噛み殺すのに苦労した。
この物々しさからすると、まだラトゥンたちは戻っていないのか。気がかりは、アリステリアがどうなったかどうか。恩人でもあるから、騎士団や聖教会に捕まらないようにしたいが、外で様子を見るだけでは、彼女が無事なのか、連れ出されているのかわからなかった。
――聖女様が、一人で出歩くとは想像できなんだけど。
ということは宿にいるはずだが、騒ぎになっていないということは、すでに連れ出されたか、手配書にないからとスルーされているのかもしれない。
――今の時点で、すぐに駆けつけなければいけないっていう雰囲気じゃ、なさそうだけど……。
かといって下手に突っ込めば、状況を悪化させるかもしれない。慎重に動くべきところだというのを、クワンは察した。
今は、ラトゥンたちと合流して、対策を練る方が先か。
――旦那たち、手配書が出ていることに気づいてるかな……?
何も知らずに宿に戻ってきたところを捕まえる、というのが騎士団の策である以上、まだ捕まっていないと思うが、もしあの二人が気づいたとして、その後どう動くだろうか?
――旦那は王都については土地勘がないから宛がない。エキナは……どうなんだろうな。
手配書には、元処刑人なんて書いてあった。人であって人ではない。人々から忌み嫌われる職業だったわけで。
そうなると王都にいたことがある彼女にしろ、気軽に立ち寄れそうな心当たりもないだろう。
――そういえば、何でエキナの過去のことまでバレてるんだ……?
一緒に旅をしていたクワンは、彼女が処刑人だったなど知らなかった。人に言うものではないのはわかるが、問題は手配した者たちには過去の職までわかっているということだ。
――あたしら四人で一緒にいて、手配されたのはわかるけど、それならエキナの職は独立傭兵って書かれるのが普通じゃないか……?
どこから処刑人だと発覚したのか。クワンは考えるが、ふとそれについては後回しでいいことに気づいた。
今はそれより二人を、敵より先に見つけることが大事だ。
――土地勘のない二人が、もし手配されていると気づいて、身を隠すとしたらどこだ?
手配書が出ている以上、すでに懸賞金目当ての連中が王都の至るところで動いているだろう。目立つ場所は論外。大聖堂に行った時点で手遅れな気がするが、宿が見張られている時点で、まだ騎士団の目を掻い潜っていると信じたい。
――今までに行った場所だろうけど、どこだろう……?
酒場や食堂も危ない。人が近づかない場所が望ましいが、そんな都合のいい場所は。
「あ……」
クワンは気づいた。候補は二つ。フィエブレの魔道具店と、昨晩押し入ったアーチス武具店。
「……行ってみるか」
他に思いつかないので、クワンは移動する。まずは地理的に近いアーチス武具店だ。
・ ・ ・
「世の中ってもんは、蛇の道は蛇っていうことで、まあ、フィエブレが潰れたって聞いた時は、ピンときたもんよ」
ドリトルは、大仰に手を広げた。
「ということで、新人君。お前だろ? フィエブレを潰したの」
ハンターギルドの休憩所兼酒場。その奥の奥の部屋に、変装しているラトゥンはいた。上級ハンター専用ルームと言われるそこには、ドリトルとその仲間のハンターが数人いて、席についたラトゥンを取り囲んだ。
「何のことです?」
「とぼけるなよ、ルーキー。お前、悪魔だろ? 触った時わかったぜ、ご同輩」
「……あんたも悪魔ってことか?」
「まあ、そういうこった。何なら元の姿になろうか? オレはこっちの方が気に入ってるんだがねぇ」
ドリトルは言って憚らない。周りのハンターたちは、悪魔発言にもまったく動揺を示さなかった。これはドリトルの正体を知っているか、同じく悪魔なのかもしれない。
「まあ、そんな警戒しなさんな。フィエブレを矛を交えたってことは、聖教会にも楯突いているんだろう?」
テーブルにドリトルは手配書を広げた。ラトゥンら四人のそれだ。
「聖教会は、何も言っちゃあいないが、フィエブレのアジトが吹っ飛んだ直後にこれだ。普通に考えれば、なんか関係しているんじゃねえかってなるわけだ」
「……」
「単刀直入に言おう。聖教会の悪魔どもにひと泡吹かせるつもりでいる。お前さんも利害が一致しているんなら、オレらの同志にならねえか?」