休憩している仲間たちのもとに戻るラトゥン。ドリトルと打ち合わせをし、王都大聖堂に襲撃をかける事を伝えた。
「急だなぁ」
クワンが最初にそう口にした。片羽根のアジトの一角で、思い思いの姿勢で休んでいた四人は、ラトゥンを見やる。
「あたしは、旦那への借りがあるから、もちろん手伝うけど、ちょっと急過ぎるんじゃないか?」
「聖教会は王都地下にそれなりの数を割いているようだからな。このままじっとやり過ごすのも芸がないだろう」
「見つかるかもしれませんもんね」
エキナが、ラトゥンに同調するように言った。確かに、とギプスは頷く。
「ここは、これまで見つかっておらんかったアジトらしいが、それは連中が本気でこの辺りを捜索しとらんかったから、かもしれんのぅ。敵さんがわしらを血眼になって探しておるんじゃったら、あぐらをかいておると、痛い目に遭うじゃろ」
「どの道、すでに片羽根は動き出している」
ラトゥンが振り返れば、ドリトルの指示を受けて、ハンターたちが戦いの準備をしていた。
熟練の戦士たちが、防具を身につけ、武器の点検をしている。
「もう、話し合いの段階じゃないってことか」
クワンが苦笑した。ラトゥンは詫びる。
「すまんな。勝手に決めてしまった。ついでにお前たちを巻き込んで」
「今さらだよ。それにあたしらももう手配書でちゃってるからね。ラトゥンの旦那が気にすることじゃないよ」
「それで――」
アリステリアが、こそっと手を挙げた。
「わたくしや皆は、どう動けばいいのかしら?」
「アリスは、怪我人が出た時の手当てだな。何か仲間を援護できる魔法とかあるなら、それも使ってくれると助かる」
「サポート役ね。わかったわ」
「ギプス、人工魔石の爆発調整を頼む。今回の作戦は、聖教会の悪魔たちを吹き飛ばすのが要になる。爆弾の調整の後は、残っている悪魔を機関銃で蜂の巣にする楽しい作業だ」
「おう。撃ちごたえはありそうじゃのぅ」
ドワーフは請け負った。
「エキナは、俺と前に出て、向かってくる敵の排除だ」
「わかりました」
「クワンは遊撃と監視だ。俺たちを迂回したり、側面を衝いてきそうな奴がいたら、警告するなり、攻撃するなりしてくれ。判断は任せる」
「あいよ」
クワンは、武具屋から調達したクロスボウを構えた。何でも表には滅多に出ない魔法式クロスボウらしい。通常の矢を放つこともできるが、魔法弾を撃つこともできる代物である。
「ドリトルたちが地下保管庫から戻ってくるまで、悪魔を可能な限り倒す。それが俺たちの役割だ」
ラトゥンはそう締めくくった。説明が終わったところで、エキナが小さく言った。
「ラトゥン、よろしいですか?」
「何だ?」
「片羽根、信用していいんですか?」
クワン、そしてギプスもまたエキナを見た。
「地下保管庫に行って、奇跡の石を手に入れる。なるほど、わたしたちと目的は同じですけど……。わたしたちを囮にして、入手した奇跡の石を、そのまま持ち逃げされたり、しませんか?」
「あー、それ聞いちゃう?」
クワンが薄く笑った。
「あたしも、盗賊だったからってのもあって、気にはしていたんだけど、今それを言ってもしょうがないんじゃないかな」
「どうしてですか?」
「だって、今はその作戦を信じて、実行するしかないから」
クワンはきっぱりと告げた。
「今から作戦を変えたら、片羽根もただじゃ済まないだろうし、本気であたしらと協力するつもりだったなら、それを裏切ることになるんだよ?」
「……でも」
「もし裏切られたら。そう、あたしもそうならないように祈ってるけど、そういうことってこういう世界じゃ往々にしてあるからね。……まあ、覚悟だけはしておいたほうがいいんじゃない」
「裏切られたら――」
ギプスは唇を歪めた。
「そん時は、逃げた奴らを追いかけて、奪い返せばええんじゃ。なあ、ラトゥン?」
「そうだな」
奪い返せば……。しかしその時までに奇跡の石の力を使われていたら、意味はない。エキナもそれが気になったから指摘したのだろう。ラトゥンが元の人間に戻れない――それはこれまでの旅の意味を失わせる。
「ありがとうな。気を遣わせた」
「いえ……」
エキナは何とも言えないような顔になった。
・ ・ ・
彼女の本心について、ラトゥンは知らない。元のラトに戻ることを期待し、協力を惜しまないエキナだが、ここにきて一つの不安をいだいた。
もしかしたら、ラトゥンは、他に奇跡の石にすがる人間がいた場合は、そちらを優先して自分は悪魔の体のままでいるのではないか。
彼は、そういう自己犠牲に走ることも厭わない――エキナは、ラトゥン、否、ラトという人間を見てきた。誰かが救われるのであれば、自分のことは後回しでいい。子供の頃から、そういう人だったから。
――それは駄目。
暴食に取り込まれる恐怖、いつまで人間でいられるかわからない不安。それと戦っているのだ。
エキナは、心の底から、ラトの抱える不安を取り除いてあげたいと願っている。
英雄たちのように、気高く、正しい行いを。それがラトの哲学でもある。そんな彼だから、エキナは憧れた。そして助けられ、闇から引っ張り上げてくれた恩人でもある。
彼には幸せになる権利がある。そうでなくてはならない――エキナは、そのためならあらゆる手を尽くすつもりだった。
「――おい、移動するなら、早くした方がいいぞ!」
片羽根のハンターが声をかけてきた。
「奴ら、近くまで来ている! 何でか知らんが、表の擬装に気づいたみたいだ。こじ開けられる前に、ここを脱出するんだ。――いいな!」
ハンターは足早に去っていた。
地下を捜索していた聖教会が、片羽根のアジトに気づきかけているらしい。これまで見つかっていなかったから、これからも見つからないということはなかったわけである。
ギプスの言った通り、本気で探し出した聖教会が、秘密アジトを見つけるのは時間の問題だった。
「よし、移動しよう」
ラトゥンは言った。
「ここが見つかったとしたら、まだ隠れていないかじっくり探すはずだ。その時間的猶予を利用して、大聖堂を叩く!」
「よっしゃ、腕がなるわい!」
ギプスが立ち上がり、アリステリアも腰を上げた。エキナも、一つ呼吸を入れて気分を落ち着かせると、立ち上がった。