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第160話、とある懸念


 休憩している仲間たちのもとに戻るラトゥン。ドリトルと打ち合わせをし、王都大聖堂に襲撃をかける事を伝えた。


「急だなぁ」


 クワンが最初にそう口にした。片羽根のアジトの一角で、思い思いの姿勢で休んでいた四人は、ラトゥンを見やる。


「あたしは、旦那への借りがあるから、もちろん手伝うけど、ちょっと急過ぎるんじゃないか?」

「聖教会は王都地下にそれなりの数を割いているようだからな。このままじっとやり過ごすのも芸がないだろう」

「見つかるかもしれませんもんね」


 エキナが、ラトゥンに同調するように言った。確かに、とギプスは頷く。


「ここは、これまで見つかっておらんかったアジトらしいが、それは連中が本気でこの辺りを捜索しとらんかったから、かもしれんのぅ。敵さんがわしらを血眼になって探しておるんじゃったら、あぐらをかいておると、痛い目に遭うじゃろ」

「どの道、すでに片羽根は動き出している」


 ラトゥンが振り返れば、ドリトルの指示を受けて、ハンターたちが戦いの準備をしていた。

 熟練の戦士たちが、防具を身につけ、武器の点検をしている。


「もう、話し合いの段階じゃないってことか」


 クワンが苦笑した。ラトゥンは詫びる。


「すまんな。勝手に決めてしまった。ついでにお前たちを巻き込んで」

「今さらだよ。それにあたしらももう手配書でちゃってるからね。ラトゥンの旦那が気にすることじゃないよ」

「それで――」


 アリステリアが、こそっと手を挙げた。


「わたくしや皆は、どう動けばいいのかしら?」

「アリスは、怪我人が出た時の手当てだな。何か仲間を援護できる魔法とかあるなら、それも使ってくれると助かる」

「サポート役ね。わかったわ」

「ギプス、人工魔石の爆発調整を頼む。今回の作戦は、聖教会の悪魔たちを吹き飛ばすのが要になる。爆弾の調整の後は、残っている悪魔を機関銃で蜂の巣にする楽しい作業だ」

「おう。撃ちごたえはありそうじゃのぅ」


 ドワーフは請け負った。


「エキナは、俺と前に出て、向かってくる敵の排除だ」

「わかりました」

「クワンは遊撃と監視だ。俺たちを迂回したり、側面を衝いてきそうな奴がいたら、警告するなり、攻撃するなりしてくれ。判断は任せる」

「あいよ」


 クワンは、武具屋から調達したクロスボウを構えた。何でも表には滅多に出ない魔法式クロスボウらしい。通常の矢を放つこともできるが、魔法弾を撃つこともできる代物である。


「ドリトルたちが地下保管庫から戻ってくるまで、悪魔を可能な限り倒す。それが俺たちの役割だ」


 ラトゥンはそう締めくくった。説明が終わったところで、エキナが小さく言った。


「ラトゥン、よろしいですか?」

「何だ?」

「片羽根、信用していいんですか?」


 クワン、そしてギプスもまたエキナを見た。


「地下保管庫に行って、奇跡の石を手に入れる。なるほど、わたしたちと目的は同じですけど……。わたしたちを囮にして、入手した奇跡の石を、そのまま持ち逃げされたり、しませんか?」

「あー、それ聞いちゃう?」


 クワンが薄く笑った。


「あたしも、盗賊だったからってのもあって、気にはしていたんだけど、今それを言ってもしょうがないんじゃないかな」

「どうしてですか?」

「だって、今はその作戦を信じて、実行するしかないから」


 クワンはきっぱりと告げた。


「今から作戦を変えたら、片羽根もただじゃ済まないだろうし、本気であたしらと協力するつもりだったなら、それを裏切ることになるんだよ?」

「……でも」

「もし裏切られたら。そう、あたしもそうならないように祈ってるけど、そういうことってこういう世界じゃ往々にしてあるからね。……まあ、覚悟だけはしておいたほうがいいんじゃない」

「裏切られたら――」


 ギプスは唇を歪めた。


「そん時は、逃げた奴らを追いかけて、奪い返せばええんじゃ。なあ、ラトゥン?」

「そうだな」


 奪い返せば……。しかしその時までに奇跡の石の力を使われていたら、意味はない。エキナもそれが気になったから指摘したのだろう。ラトゥンが元の人間に戻れない――それはこれまでの旅の意味を失わせる。


「ありがとうな。気を遣わせた」

「いえ……」


 エキナは何とも言えないような顔になった。



  ・  ・  ・



 彼女の本心について、ラトゥンは知らない。元のラトに戻ることを期待し、協力を惜しまないエキナだが、ここにきて一つの不安をいだいた。


 もしかしたら、ラトゥンは、他に奇跡の石にすがる人間がいた場合は、そちらを優先して自分は悪魔の体のままでいるのではないか。


 彼は、そういう自己犠牲に走ることも厭わない――エキナは、ラトゥン、否、ラトという人間を見てきた。誰かが救われるのであれば、自分のことは後回しでいい。子供の頃から、そういう人だったから。


 ――それは駄目。


 暴食に取り込まれる恐怖、いつまで人間でいられるかわからない不安。それと戦っているのだ。

 エキナは、心の底から、ラトの抱える不安を取り除いてあげたいと願っている。


 英雄たちのように、気高く、正しい行いを。それがラトの哲学でもある。そんな彼だから、エキナは憧れた。そして助けられ、闇から引っ張り上げてくれた恩人でもある。


 彼には幸せになる権利がある。そうでなくてはならない――エキナは、そのためならあらゆる手を尽くすつもりだった。


「――おい、移動するなら、早くした方がいいぞ!」


 片羽根のハンターが声をかけてきた。


「奴ら、近くまで来ている! 何でか知らんが、表の擬装に気づいたみたいだ。こじ開けられる前に、ここを脱出するんだ。――いいな!」


 ハンターは足早に去っていた。

 地下を捜索していた聖教会が、片羽根のアジトに気づきかけているらしい。これまで見つかっていなかったから、これからも見つからないということはなかったわけである。

 ギプスの言った通り、本気で探し出した聖教会が、秘密アジトを見つけるのは時間の問題だった。


「よし、移動しよう」


 ラトゥンは言った。


「ここが見つかったとしたら、まだ隠れていないかじっくり探すはずだ。その時間的猶予を利用して、大聖堂を叩く!」

「よっしゃ、腕がなるわい!」


 ギプスが立ち上がり、アリステリアも腰を上げた。エキナも、一つ呼吸を入れて気分を落ち着かせると、立ち上がった。

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