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第161話、片羽根アジト襲撃


「適当にやってくれればいい」


 ドリトルは歩きながら言った。


「普通に考えりゃ、奴らがここに踏み込んでくるとすれば、居残り組でどうにかなる数じゃないだろう。オレらがまだ潜んでいると思わせることができたら、さっさと逃げていいんだからな」

「ああ、了解」


 片羽根の一人、ラッツは頷いた。


「そっちも気をつけて」

「お前らもな。死ぬんじゃねえぞ」


 ドリトルは、ポンとラッツの肩を叩くと、大聖堂襲撃組の方へ急ぎ足で移動した。残されたラッツは、貨物用の木箱の裏で片膝をついた。


 同じく待ち伏せ組の四人も、アジト入り口を見える位置で、それぞれ遮蔽物の裏に身を潜めている。

 仲間たちが抜け道でアジトから移動すると、場はしんと静まり返る。


 ラッツたち居残り組は、聖教会とその尖兵である神殿騎士団がアジトへ踏み込んできたところを待ち伏せする。

 拠点が防御されたものと敵が見れば、その侵入には慎重になる。拠点突入に重武装が必要と感じれば、その準備が整うまでに時間をかけることになる。それだけで足止めができるという寸法だ。


 古来より殿軍というのは危険と相場が決まっているが、いついつまで敵の足止めをしなくてはならないという縛りはない。もちろん、足止めの時間が長ければ長いほどがよいのだが、制約が少ない分、居残り組に悲愴な気分はさほどなかった。


 地下道を駆ける音が入り口から聞こえてきた。クロスボウを構えるラッツ。現れたのは秘密の通路を見張っていた仲間だった。


「第二の扉がやられた!」

「!」


 それの意味するところ、敵は直にアジトの入り口通路にやってくるということだ。誰にも知られない秘密の開閉装置だったはずだが、聖教会はそれを突き止め、侵入してきているようだった。


 ――これまでは本気で探していなかったってことだ。


 ラッツは口の乾きを感じた。これほどの緊張感は久しぶりだ。聖教会や神殿騎士団の悪魔は、そこらの雑兵と違う。

 ハンターとして場数を踏んでいるラッツや仲間たちでも、易々と勝てる相手とは思えない。だが、武装神官や自動人形兵などであれば話は別だ。


 そして最初に飛び込んでくるのは、そういった雑兵たちである。


「……来た」


 足音が複数、入り口に繋がる通路から木霊する。人間のそれと、自動人形兵だ。


 ラッツは入り口に狙いを定める。仲間たちも、声をかけるまでもなく武器を構えている。

 足音が大きくなる。すっと先頭に盾を持った自動人形兵が数体、飛び込んできた。


「撃て!」


 クロスボウから矢が放たれる。金属の鎧すら貫通するクロスボウの一撃は、自動人形兵の頭を貫き、撃ち倒した。

 たちまち三体が倒れる。盾で防いだ自動人形兵が前に出るが、入り口脇に伏せていたハンターがクロスボウを側面から放ち、破壊した。


 先頭をやっつけた。だがすぐに後続が入り口から入ってくる。ラッツは、撃ったクロスボウをどけて、次のクロスボウを手に取る。

 閉所での戦闘ならば、命中精度と破壊力に優れるクロスボウだが、次弾の装填は、弓などに比べて遅い。だから、いちいち矢をセットするより、予め装填済みのものを複数用意して、速射力をカバーするのである。


 入ってくる自動人形兵を次々と撃ち倒す。大型盾を持っていたのは先頭のみで、続いて入ってきている自動人形兵は、盾なしか、バックラーサイズの小型盾だった。素人ではないハンターたちからすれば、狙いやすい。


「ヘルハウンド!」


 自動人形兵の前衛が待ち伏せでやられたのを見たか、敵は大型狼型モンスターを飛び込ませてきた。近くにいたハンターが、クロスボウから片手ハンマーに持ち替えるとヘルハウンドの頭に一撃を叩き込む。


 見た目は人間、しかし改造されて悪魔となったその者の渾身の打撃で、ヘルハウンドの頭が潰れる。

 敵は入り口からしか来ないから、ラッツら少人数でも、敵の侵入を阻むことができる。スペースの都合上、一度に戦える人数には限度がある。聖教会や神殿騎士団が大勢で押しかけようと、人数制限の壁は大きい。


 このまま前衛を叩き返せば、敵も突入の手を考える。そうしたらこちらは撤退する――ラッツは、予備のクロスボウがなくなり、近接武器に持ち替えた。


 その時だった。

 爆発が起きて、モンスターごと戦っていたハンターが吹き飛ばされた。衝撃波にラッツは思わず木箱の裏に体を引っ込めた。

 数秒の煙が散ると、現れたのは騎士の一団。


「くそっ! 神殿騎士!」


 ラッツは悪態をついた。こいつらが出てくるのはもう少し後だと予想していた。こんなに早めに出てくるとは思っていなかった。


 近かったこともあった。殴った方が早いとハンターの一人が挑むが、素早く抜剣した神殿騎士に一刀両断にされる。


「ロッジ!」

「くそぅ!」


 仲間たちが動くが、神殿騎士もまた早かった。

 ラッツは潮時と判断した。これ以上の足止めは無理だ。


「逃がさん!」

「っ!」


 木箱を蹴飛ばして、体格のいい神殿騎士が切り込んできた。木箱に巻き込まれ吹き飛ばされるところを、ラッツは悪魔化して態勢を整える。

 剣に魔力を通して、必殺の――


「遅い!」


 神殿騎士の刃が、ラッツを両断した。



  ・  ・  ・



 片羽根のアジトに乗り込んだのは神殿騎士団、青の団である。

 屈強なるケイルが先陣を切り、ガラー、グロールといった神殿騎士が、向かってきた戦士を返り討ちにした。

 副長のシュペールは、団長であるシデロスのもとへ来た。


「入り口は制圧しました」

「手こずったか?」

「敵の拠点への攻撃ですから、可もなく不可もなくといったところでしょうか」


 シュペールの返答は、事務的なそれを逸脱することもなく、面白味の欠片もなかった。


「敵は、六人。うち四人が悪魔でした」

「……噂の脱走悪魔か」


 人間を悪魔に変える研究。契約により悪魔化するそれとは異なる方法で、人を変えるそれによって生み出された実験体。


 同じく悪魔化した神殿騎士に比べても、大したことがない雑兵。精々、下級悪魔程度であろう。


「暴食と、その仲間たちは? 見つからないのか?」

「はい。現在、アジト内に抜け道がないか調べています」

「抜け道……まあ、あるだろうな」


 でなければ、ここに来る前に脱出する彼らとぶつからないとおかしい。


「中々、出会えないものだな。暴食とは」


 シデロスは自嘲するのであった。

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