地下道を抜けて地上に出たラトゥンたち。ドリトルと最後の確認をした後、分かれて大聖堂を目指す。
夜の王都。昼間あれだけいた住民たちは、家に帰ったのか、とても静かだった。
通り道の端で、ハンターに倒されている武装神官の姿があった。こちらに気づいたハンターが合図を寄越した。
ドリトルの仲間である片羽根のメンバーが、ラトゥンたちの大聖堂行きの道を切り開いているのだ。
結果、特に障害もなく、王都大聖堂の近くにまで近づくことができた。
「……とはいえ、さすがに正面は見張りがいるな」
先導役のクワンは、大聖堂の正面門を見やり言った。近くの建物の塀の陰から、ラトゥンも覗き込む。
「二人か?」
「事前の偵察だと、さらに奥に一人か二人いる。敷地の外からは見えないけど、ゲートの見張りが倒れたら警報を流される」
「……そうだな」
昼間に大聖堂を訪問した時の、配置を思い出しながらラトゥンは首肯した。訪れた信者らが行き来している中、確かに守衛のように立っている神官がいたのを思い出した。
ギプスが口を開いた。
「じゃあ、回り道して、正面は避けるか?」
「それは難しいと思います」
エキナが言った。
「適当な塀を超えても、庭を見張っている武装神官がいるはずです」
「じゃあ、どうするんじゃ?」
「首を吊るのさ」
ラトゥンは、エキナに目配せした。
「打ち合わせ通りだ、やってくれ」
・ ・ ・
静かな夜だった。
退屈な見張りを務める聖教会の武装神官だが、暴食がこの王都に潜入しているという話が通達されているため、普段通りに見えて多分に緊張感を漲らせていた。
そんな武装神官だが、突然首に圧迫感を感じ、違和感に手をやれば、いきなり真上に体を引っ張り上げられた。
「あ――あぁ――」
首が絞まり、くぐもった声のような音しか出なかった。言葉を発することができず、自分に起きたことを同僚に知らせることもできない。
せめて反対側にいる同僚に異常を――必死にそちらに目をやれば、その同僚もまた縄で首を吊られて吊り上げられていた。
彼もまた懸命にもがいているが、やがて意識を失ったか動かなくなった。
これはさながら絞首刑だ。そう思った時、そういえば暴食の仲間に処刑人エキナがいるらしいというのを思い出す。
ではこれは処刑人の処刑技か。それに思い至った時、脳に酸素が届かず、その武装神官もまた息絶えた。
敷地に入る大聖堂の正面門の二人が倒れた。次は、大聖堂入り口から、正面門を見張る神官が二人。
ひゅっ、と音がして、その二人の首にも縄が絞まる。吊り上げられた衝撃が強すぎて、手で縄を解く余裕もなく、意識を喪失する。
かくて見張りが沈黙したところに、ラトゥンたちが入り込んだ。敷地を素早く横断するが、大聖堂の扉には近づかず、脇に逸れる。
目的が大聖堂に隣接する宿舎と、教会幹部用の屋敷の破壊だからだ。大聖堂から地下保管庫に向かうのは、ドリトルたちである。
見張りを一人ずつ倒していきながら、まずは神官や騎士らの宿舎に到着する。
「で、いいんじゃな? 仕掛けても」
ギプスが腰に下げたバッグから人工魔石を取り出す。ラトゥンは頷いた。
「騒ぎになったら、どの道戦うしかない。やってくれ」
結局、代案は思いつかなかった。武装神官や神殿騎士が、ラトゥンもしくは暴食を見て、手を抜くわけがないのだ。
敵にも悪魔もいる。変に遠慮して仲間を傷つけられることがあってもならない。それならば開き直るしかないのだ。
ラトゥンとエキナ、そしてギプスは、大聖堂と宿舎の間を繋ぐ通路の外側を警戒しながら素早く移動する。
闇夜だが、悪魔の夜目ならば見られる可能性がある。故に障害物を使い、視界から外れるように姿勢を低くしたり、あるいは駆け足で通過するのである。
大聖堂の壁側には、クワンがクロスボウを手に、不意に敵が現れた場合に備えている。アリステリアもそのそばにいて、自分たちが来た後ろに現れないよう見張っていた。
「中に入るんじゃな?」
「どうなんだ? 外に仕掛けて、内部への被害は?」
ラトゥンが確認すれば、ギプスは走ってきて上がりかけている息を整えつつ答えた。
「まあ、確実にやるっていうなら、外より中で爆発させたほうがええじゃろ」
「エキナ」
入り口を見張ってくれ、と合図し、ラトゥンは回廊に入り込んだ。通行する者はいない。警備もここは見張っていなかった。
「平時なら、もっと人数がいるらしいと聞いていたが……」
ラトゥンらの捜索に聖教会が武装神官らを使っているということで、普段より警備が若干甘い。
「この宿舎も、本当ならもっといて、休んでいたんだろうな」
「せっかく吹っ飛ばしても、効果が半減するんじゃないか?」
小首を傾げつつ、入り口脇の壁に人工魔石を設置するギプス。ラトゥンは宿舎内通路を睨むように見張りながら微笑した。
「たとえ半分だったとしても、その半分を吹っ飛ばせる」
それはそれで大きい。
「一つで充分か?」
「そのように調整した。お主が持ち出した人工魔石とて、あと三個じゃからのう。無駄遣いはできん」
ギプスは起爆用の魔法文字を刻み、自身の持つ小魔石と連動させる。
「よし、これで遠隔で爆破できるぞぃ」
「よくやった。あんたがいてくれてよかったよ」
ラトゥンは素直に感心する。魔石と機械の扱いに長けるドワーフであるギプスである。蒸気自動車を一から作れる技術者にして、魔石の扱いも一流だ。
「よせやい、照れるわい。ほれ、次にゆくぞい」
高級幹部用の宿舎、一種のお屋敷のようになっているそれ。聖教会の司教クラスの幹部ほか、大司教もまたここに居を構えているという。
ほぼ悪魔しかいない場所。聖教会を牛耳る悪魔たちの住処。人工魔石で真っ先にぶっ飛ばしてやりたい建物と言える。
外に戻り、エキナと合流すれば、クワンとアリステリアが遮蔽に隠れながら、こちらに追いついてきた。
五人揃って、さらに移動する。
その頃、ドリトルたち片羽根メンバーたちが、密かに大聖堂に侵入を果たしていた。
「静かに。目指すは地下保管庫だ」
ハンターたちは足を忍ばせ、大聖堂内を進んだ。