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第163話、準備完了


 高級幹部用の宿舎。世間では高潔な人間が寝食を共にする場所と見られているが、聖教会の実態を知るラトゥンからすれば、こここそ悪魔の巣窟だった。


 暴食の左腕で、屋敷の壁に穴を開ける。正面には当然の如く、見張りがいるし、扉の開閉が中にいる者の耳にも届くだろう。それで注意を引くのも面白くないのだ。


 消灯された室内。警備や夜に出歩いている者がいないか確認しつつ、ラトゥン、そしてギプスは屋敷の中に侵入した。

 ふん、とドワーフは鼻をならす。


「清貧とはなんじゃったんだ? 清く正しく、貧しくとも……なんじゃっけ?」

「さあね。悪魔の立ち上げた宗教に興味はない」


 さも金持ちの屋敷という内装を見れば、人々の寄付でなりたっているとされる教会の実情からかけ離れている気もする。


「人が来る大聖堂の見栄えをよくするのは、まだわかる。神の神々しさを表現するために金がかかっていたとしても理解はできる。だが、こういう人が見ない場所を豪華にするというのは、人から搾取する奴ら特有の傲慢さを感じる」

「わしも昔、何度か聖教会に寄付したことがあるんじゃが……」


 ギプスは顔を歪めた。


「その金が、こんな私利私欲に使われたと思うと腹が立つのぅ」

「これから、その腹の立つ屋敷を吹っ飛ばすんだろ」


 ラトゥンは廊下の角で立ち止まる。息を殺し、暗黒剣を構える。近づいてくる静かな足音。極力音を立てないようにしているのは、夜も遅いからだろう。だが侵入者に気づいている足音ではない。


 ひゅん、と角から出てきた武装神官の喉を剣が貫く。神官は声を上げることもできず、ビクビクと痙攣していたが、すぐに息絶えた。剣を抜きつつ、死体を静かに置く。

 ギプスが眉をひそめる。


「血が紫じゃのぅ」

「人間じゃないってことだ」


 この暗い室内でよくわかるものだ。さすが地下暮らしのドワーフといったところだろうか。


 ともあれ地下聖教会の幹部はほぼ悪魔だろう。その居住区画には、正体がバレたら騒ぎになるだろう人間は、おそらく配置しないだろう。つまり末端の神官たちも、ここは全員悪魔だということだ。


「ここは……まだ先か?」

「多分な」


 エキナからもらった手書きの地図を思い出すラトゥン。かつて悪魔と契約し、処刑人として活動していたエキナは、数えるほどこの屋敷に来たことがあった。若干うろ覚えの地図だが、何もないよりはマシである。


「このまま、何もないといいんだがな」


 いざ見つかり、敵が大挙、駆けつけてきたら魔石爆弾を仕掛けるのも困難になるだろう。拍子抜けするくらいスムーズなのはいいことだ。騒ぎになった際とのギャップが極端過ぎる。


 巡回する武装神官をやり過ごし、ラトゥンとギプスは目的の場所についた。


「ここじゃな」

「一階フロア、中央。ここが屋敷の真ん中だ」


 爆弾が爆発すれば、この宿舎全体が吹き飛ばせる。枕を高くして寝る聖教会の悪魔たち諸共。

 ラトゥンが周囲に気を配る中、ギプスがしゃがみ込んで、アンティークの机の下に魔石爆弾を設置。起爆用の魔石と魔力の回線を繋ぐ。


「……! ギプス、急げ。誰か来る!」


 足音が複数、おそらく二人。低い声で警告するラトゥン。ギプスは作業を続ける。


「もう少しじゃ――」

「急げ急げ――そこまで来ている……!」


 ゆったりと近づいてくる足音。歩調を緩めているから立てる音は小さい。そうであるならば、間に合わない。

 ラトゥンは前に出た。自身の姿を、先ほど殺害した武装神官のものに変える。


 やってきたのは武装神官が二人。前から現れた同僚の姿に視線が向くが、何も言わず、そのまま歩き続ける。

 まったく動揺の様子がないから、この二人はラトゥンの変身に気づいていない。そのまますれ違う――その寸前、ラトゥンは暗黒剣を抜き、不意打ちで一人の首を切り落とした。


「!?」

「フン――!」


 驚き、武器を構えようとしたもう一人の武装神官を切り倒す。


「この手が一番か」

「ラトゥン、終わった――」


 ギプスが来たが、そこには神官の死体が二つ。絶句するドワーフに、元の姿に戻りながらラトゥンは、その肩を叩いた。


「こっちも終わった。さっさと脱出しよう」


 魔石爆弾の爆発に巻き込まれるのも馬鹿らしい。吹っ飛ぶのは教会の悪魔たちだけで充分だ。



  ・  ・  ・



「なあ、ドリトル……。何か変な雰囲気じゃないか?」


 大聖堂地下。保管庫への地下通路を行く片羽根のハンターたち。通路というより迷宮のように複雑なその中。分岐や角で、聖教会の警備にかち合わないか注意しつつ、しかし素早く移動する。


「変? 何か感じたのか?」


 ドリトルが問えば、そのハンターは、額にびっしりかいた汗を拭う。


「いや、ただ、嫌な予感がしているというか……」

「はん、そういう予感ってのは、いいも悪いも、いつもしているぜ」


 ドリトルは笑い飛ばす。もちろん、敵に察知されないよう声は落としている。


「だがなあ、ドリトル。ここまでスムーズ過ぎないか?」

「いや、道のナンバーを記憶するのに結構苦労している」


 地下は通路が多く、似たような構造ばかりだった。だから通路ごとに振られている番号を意識していないと、迷子になりかねない。


「そうじゃなくて、ここまで誰とも遭遇していないだろう?」

「地下保管庫だぞ、そんなに見張りがいるわけがないさ。せいぜい、二、三人くらい?」

「その二、三人の一人とも、まだ出会っていないが?」

「落ち着けよ」


 ドリトルは、なだめる。敵地のど真ん中だから、神経質になるのもわからないでもない。特に地下深くに入り込んでいるから、もし地上から敵が押し寄せてくることがあれば、袋のねずみである。


「大丈夫、ラトゥンがやってくれる」


 ドリトルは、さらに言った。


「聖教会の連中は、あいつらが吹き飛ばしてくれる。オレらは、さっさと保管庫に行って、目当てのものを回収すればいいんだ」


 階段を下る。その先には広い部屋があって、その奥に保管庫の扉がある。


「ほら、もう着いたぜ」


 見張りはいない。無人である。だが木箱などが積み上げられ、倉庫となっていた。もしかしたら、木箱の裏に隠れているのでは――?


 ハンターたちは慎重に進む。待ち伏せを警戒し、一つずつ確認しながら。


「クリア。いないな……」


 金属製の巨大扉の前まで来てしまう。地下保管庫の扉である。ハンターの一人は口を開く。


「で、これをどう開けるんだ?」

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