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第164話、待つという苦痛


 魔石爆弾の設置は済んだ。あとは爆発範囲から逃れればいい。

 ラトゥンとギプスは、高級幹部用の宿舎を出て、外を見張っていたエキナたちと合流した。


「お帰りなさい」

「お待たせ」


 近くの遮蔽に潜むラトゥン。エキナ、クワン、アリステリアはそれぞれ別の方向に注意を払っていたが、その状態ということは面倒は起きていないことを意味する。

 まだ聖教会は察知していないのか――ラトゥンは、一種、何も起きていないことの不気味さを感じはじめていた。


「どうしました?」


 アリステリアが、ラトゥンの表情を見て尋ねてきた。ラトゥンは首を横に振る。


「悪魔たちの巣窟が、こんな簡単に侵入を許していいのか?」

「見つかっていないなら結構なことじゃないですか」

「それはそうなんだが……。悪魔は夜行性というわけではないが、それにしても不活発過ぎる」

「元気な奴らは――」


 ギプスが機関銃を肩に担ぐ。


「わしらを探して地下探索をしとるんじゃろうよ。じゃから、こっちが静かなんじゃろ」

「……そうだった」


 ラトゥンは苦笑する。敵が出払っている隙をついて襲撃を仕掛ける。自分で言い出したことではなかったのか。


 ――柄にもなく緊張していたらしい……。


 何せ王都大聖堂は、聖教会の心臓部。敵の本拠地なのだから、何も感じないわけがないのだ。強力な悪魔との遭遇、戦いを予想し、心構えはしていた。だがそれもなく、とんとん拍子に事が上手く運んでいる。


 ――テンションがおかしくなっている。


 ラトゥンは一息つく。気持ちを落ち着け、思考をクールにする。浮ついた状態では、大きなミスを犯すことに繋がる。

 それよりも――クワンが振り返った。


「ここにいたら、爆発に巻き込まれるんじゃないか? 場所を変えたほうがいい」


 吹っ飛んだ破片やら壁の一部やらが飛んできて、傷つけられるかもしれない。下手したら瓦礫によって下敷きもあり得る。


 移動する五人。離れたところを巡回する神官が見えたが、遠すぎたので隠れてやり過ごす。


「もう、ええんじゃないか?」


 ギプスが起爆用の魔石を握った。爆発と衝撃波の効果範囲は出た。爆発させても問題ない――こともない。


「待て」


 ラトゥンは止めた。何故、という顔をするギプスに言う。


「まだドリトルたちが戻ってきていない。地下保管庫を目指した彼らが戻ってこないと爆発させられない」


 アリステリアが小首をかしげる。


「そうなの?」

「爆発させると、大聖堂の外にいる奴らが、ここに大挙して押し寄せてくる」


 暴食を警戒して王都を巡回している神殿騎士や武装神官。王都地下道を捜索している神殿騎士団も、大聖堂が爆破されたと知れば、押っ取り刀で駆けつけるだろう。


 聖教会関係だけではない。王国の王都守備隊や王国軍そのものが出動してくる。それだけ聖教会の大聖堂という存在は大きいのだ。


「そうなったら退路がなくなる。爆発させる条件は二つ。一つ、ドリトルたちが戻ってきて合流、脱出する時。二つ、敵がこちらを察知して行動をし始めた時だ」


 宿舎の敵が駆けつける時。その時はドリトルら地下組が表に出てこれなくなるので、増援阻止のために爆破である。つまり――


「何も起きないのなら、しばらくこのままだ」

「待つんじゃな」


 どかり、とギプスは遮蔽の裏に座り込んだ。ドリトルたちが奇跡の石を見つけ、持って帰ってくるか、騒ぎが起きるまで、じっと息を潜めるのである。

 クワンが嘆息する。


「いつまで待つんだい?」

「さあ、いつまでかな」


 ラトゥンは夜空を見上げる。


「明るくなる前には、ここを立ち去りたいな」


 一般人が大聖堂を訪れる前に。……もちろん、普通に考えれば、そんな明るくなる頃に大聖堂の敷地内に隠れているなどというのは不可能だから、それ以前に動くことになるのだが。


「作戦を急かした俺が言うのも何だが、ドリトルにこういう場合、どうするべきか話し合っておくべきだった」


 敵がアジトに近づいていることもあって、細かな調整をする間がなかったから、状況に応じて、どう行動すべきか、その辺りの詰めが甘かった。


「様子を見に行くべきか……?」


 ドリトルたちが地下で全滅していたら、どうするのか。じっと待つ時間が暇なだけに、あれやこれや後悔の種が浮かぶ。


 ラトゥンは、ドリトルからもらった大聖堂の構造図を眺める。正直、パッと見ではぐちゃぐちゃしていてわかりにくい。通路番号に従っていけばわかる、と言われたので、そちらの数字の列を頼りにしたほうがマシかもしれない。


 どれくらい時間が経ったか。することもなくじっとしていると、時間の感覚が狂う。かなり待った気がするし、あるいは全然経っていない気がする。


 宿舎が寝静まっているとはいえ、大聖堂の敷地は敵地。一瞬の気の緩みが、即悪魔たちを叩き起こす危険をはらんでいるとなると、嫌な汗しか出ない。


「ラトゥン」


 むっとした顔のギプスが、名前を呼んだ。それだけで意味するところを理解するラトゥンである。ドリトルたちは、戻ってこない。


「俺とエキナで、大聖堂に入る」


 クワン、アリステリアが見つめてくる。ギプスは機関銃を抱え直した。


「わしも行くぞ」

「あんたは、起爆の魔石を持っているだろう? 入ったら爆発のタイミングがわからなくなる」


 ラトゥンは続けた。


「朝になりそうとか、敵に動きがあったら、俺たちに構わず爆破して脱出しろ。クワン、ギプスと一緒に外の警戒を続けろ。アリステリアも」


 コクコクと頷くクワン。アリステリアも覚悟した表情で「幸運を」と言った。


「行くぞ、エキナ」

「はい!」


 周りを確認したのち、大聖堂へとラトゥンとエキナは走った。壁に取りつくと、上へ上がる。正面の扉は閉じられていて、中の様子がわからない。気配はしないが用心はする。警戒が薄いだろう聖堂の二階から侵入する!


「下見をしておいてよかったな」

「そうですね」


 エキナは同意した。中の構造を見て確かめたから、頭の中で、どこから入ればどの辺りに出るか見当がつくというものだ。


「ドリトル、無事でいろよ……」


 ラトゥンは、エキナに頷くと、大聖堂に侵入を果たした。

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